15世紀のイングランド国王、リチャード三世。その名を聞くと、10代後半に読んだシェイクスピア劇の翻訳本のイメージがよみがえり、体中の血がザワザワする。王座を手に入れるため、邪魔になりそうな兄弟や肉親を、残虐な方法で次々に殺害し、甥っ子の王子たちにも躊躇なく手をかける、冷酷非情な極悪人。リチャード三世に対し、このようなイメージを抱く人は多いだろう。
2012年8月、500年以上も行方不明だったリチャード三世の遺骨が英国・レスターの駐車場から発掘され、“世紀の大発見”として世間を賑わせた。調査の指揮をとったのは、「リチャード三世の名誉を回復したい」と奔走するアマチュア歴史家の女性だった。
そんな驚きの実話を基に、『クィーン』のスティーヴン・フリアーズが監督を務め、『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンスが主演した映画『ロスト・キング 500年越しの運命』が9月22日より全国順次公開された。実話とファンタジーが交錯するスペクタクルな世界に、ぜひ飛びこんでほしい。
イギリス・エディンバラに住んでいる主婦・フィリッパ・ラングレー(サリー・ホーキンス)は、会社員として働きながら、やんちゃ盛りの二人の息子を育てている。筋痛性脳脊髄炎を患っているフィリッパは、病気を理由に上司から理不尽な評価をされ、昇進できずに落胆していた。別居中の夫・ジョン(スティーヴ・クーガン)とは、同志として子育てを分担しているが、「子どもたちの生活費のためにも仕事を続けるように」と強く念を押されている。
職場でも家庭でも歯車がかみ合わず苦悩の日々を過ごしていたフィリッパはある日、息子の付き添いで『リチャード三世』の舞台を観劇することに。リチャード三世を演じる俳優(ハリー・ロイド)の姿を見ながら、彼女の中にムクムクと疑問が湧きおこった。
「リチャード三世は、本当に、シェイクスピアが描いているような悪しき王だったの?」
やがてフィリッパは、リチャード三世の真の姿を解き明かそうと、行方不明になっている遺骨探しに没頭して――。迷信の裏に隠された真実を掘り下げ、シェイクスピアが描いた悪名高い人物とはまったく異なる国王の姿を明らかにしていく。
なぜ研究者でも専門家でもない歴史好きなひとりの女性が、500年以上も行方不明だったリチャード三世の遺骨を見つけることができたのか。
本作のモデルとなった実際のフィリッパ・ラングレーは、1998年にある本を買ったことが、リチャード三世に興味を持つきっかけとなったと語る。「ポール・マレー・ケンドール著の伝記で、現代的な情報源を用いて、リチャード三世の人生が書かれていた。それはシェイクスピアの描いた人物と真逆だったので、好奇心が湧いた。リチャード三世は勇敢で忠誠心にあふれ、敬虔で正義感の強い人だという証拠があるのよ」
シェイクスピアの影響で500年以上も悪者認定されているリチャード三世に、フィリッパは自身の閉塞感や境遇を重ね、シンパシーを感じたのだろう。持病を抱えていても、やりがいのある仕事にチャレンジしたい。母親として息子たちを静かに見守るだけでなく、自分の意見や考えを堂々と伝えたい。能力があっても正当に評価してもらえなかったり、他人に誤解や否定されたりする人生を、自分の力で打ち破りたい。
とはいえ、500年以上前に行方不明となった遺骨の発掘に情熱を注ぎ、リサーチやスポンサー獲得に奔走する彼女に対し、「ただの妄想」「やめたほうがいい」「素人には無理だ」と、当初はだれも相手にしなかった。
けれども、彼女はあきらめなかった。どんなに否定されても、笑われても、熱意と信念を貫き続けるフィリッパの姿は、少しずつ周囲を変えていく。
二人の息子、元夫、市議会議員、大学教員、歴史学者、そして世界中のリチャード三世ファン……。彼女の味方が増えるたび、人や世間を動かすのは、熱いハートと実行力であることを思い知らされる。
実話をもとにした映画。そう理解していたが、いつのまにか筆者は、ハラハラドキドキのミステリーやタイムスリップの世界に没入している心地になっていた。その仕掛けの立役者は、映像のいたるところに登場する、リチャード三世の幻影(ハリー・ロイド)である。
フィリッパの自宅のそばにあるベンチにしょんぼり座っていたり、木の陰からじっと見つめていたり、ダイニングテーブルに腰掛けてニコニコしていたり……。もう、途中から、今度はどこに、どんな姿でリチャードの幻影が登場するのか、楽しみになっていたほどだ。
フィリッパの幻影として現れるリチャード三世には、あの悪名高き暴君のイメージはまったくない。むしろ真逆だ。泣いたり、笑ったり、落ち込んだり、ニヤニヤしたり、すねたり、そばに寄り添ってくれたり…。そこにいるのは、現代の私たちと同じ感情や心をもった、一人の人間だった。
リチャード三世の幻影は、フィリッパの潜在意識の延長であり、彼女自身といえるだろう。世間のうわさや先入観にふりまわされず、自分の心に耳を傾け、じっくりと対話する。きっと私たちの中にも、まだ見ぬ世界へといざなってくれる、それぞれのリチャード三世がいるはずだ。
文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)
<作品データ>
『ロスト・キング 500年越しの運命』
原題:「The Lost King」
監督:スティーヴン・フリアーズ
脚本:スティーヴ・クーガン、ジェフ・ポープ
出演:サリー・ホーキンス、スティーヴ・クーガン、ハリー・ロイド、マーク・アディ
2022年/イギリス/英語/108分/ビスタ・サイズ/リニアPCM5.1ch/原題:THE LOST KING/日本語字幕:松浦美奈/映倫区分:G
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提供:カルチュア・エンタテインメント 配給:カルチュア・パブリッシャーズ 宣伝:FINOR
9月22日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー