西鉄は、1942年11月にプロ野球球団の経営に進出した。名古屋新聞(中日新聞の前身の一つ)代表の大宮伍三郎から大洋野球倶楽部の株式3,800株を譲受し、経営を引き継いだのである。球団は、1943年2月から「西鉄軍」として活動を始めたが、戦局の悪化にともない44年には解散を余儀なくされた。
しかし西鉄は戦後の1946年、早くも西鉄ノンプロチームを立ち上げた。そして、それを母体に1949年に「西鉄クリッパーズ」を設立した...
「鉄道の資本移動の歴史」のスピンオフ企画。西武鉄道がかつて所有した休止線・廃線の「西武安比奈線」と「東京都水道局小河内線(俗にいう水根貨物線)」を訪ねてみた。
なぜ西武鉄道の設立記念日は、武蔵野鉄道が設立された1915年4月15日なのか。そこには武蔵野鉄道と旧西武鉄道との合併劇を主導した堤康次郎の存在が大きかった。