かつて、名将三原脩監督が率い、稲尾和久・中西太・大下弘・豊田泰光・仰木彬・高倉照幸らの名選手を擁し「野武士軍団」と呼ばれた、めっぽう強いプロ野球の球団があった。福岡市の平和台球場を本拠地とする「西鉄ライオンズ」である。

ライオンズは1954年に初のリーグ優勝を果たし、56年からはセ・リーグの覇者読売ジャイアンツを相手に日本シリーズ3連覇という偉業を達成した。とくに1958年には、エース稲尾の活躍で3連敗のあとの4連勝で、奇跡の逆転優勝をとげた。「鉄腕稲尾」を讃える「神さま、仏さま、稲尾様」というフレーズは、当時の流行語ともなった。

この西鉄ライオンズの親会社である西日本鉄道は、北部九州を営業基盤とする九州電気軌道、九州鉄道(現在のJR鹿児島本線の母体となった九州鉄道ではない)、博多湾鉄道汽船、福博電車、筑前参宮鉄道の鉄軌道5社が合併することによって、戦時下の1942年に誕生した。この西日本鉄道の成立に至る資本合同の歴史を、『西日本鉄道七十年史』『西日本鉄道百年史』などを参考に探ってみよう。

近代日本の工業化を支えた数多の鉄軌道

筑豊炭田を擁する北部九州は、近代日本の工業化を担った地域の一つで、1900年代から1910年代にかけて、①都市部とその周辺で、主として旅客輸送を担う電気軌道、②幹線鉄道の各駅と結ぶ軽便鉄道ないし軌道、③石炭などの貨物を輸送する蒸気鉄道などによって、稠密な鉄軌道網が形成されていた。

西日本鉄道の前身5社もそうした鉄軌道の一つで、西日本鉄道を設立するまでに多くの鉄軌道会社を合併していた。前身5社もまた、戦前から合併を繰り返した歴史をもっていたといえる。

まずは、前身5社の概要についてみておこう。