あらかじめ新会社を設立して、郊外線を移す

しかし、名古屋電鉄には市内線譲渡に伴う課税問題が重くのしかかった。すなわち、市内線を譲渡して会社が解散するのであれば、清算所得の税率5%が適用されるが、会社が存続する場合には超過所得の税率20%が適用されるというのである。そこで、名古屋電鉄はあらかじめ新会社を設立して郊外線を移しておき、名古屋電鉄は市内線譲渡後に解散・清算することにしたのである。新会社の社名は名古屋鉄道であった。

1921年6月13日、名古屋電鉄の臨時株主総会と名古屋鉄道の発起人会が開かれた。名古屋鉄道の資本金は1,200万円(24万株)で、名古屋電鉄が23万株(現物出資19万2,685株、現金出資3万7,315株)を引き受け、1万株を役員が個人で引き受けることとなった。なお、名古屋市の名古屋電鉄市内線の買収価額は、最終的には1,192万7,364円となった。

市内線の市営化の手続きは1922年6月5日に完了し、8月1日をもって市内線は名古屋市電気局の経営となった。名古屋電鉄は、9月27日に臨時株主総会を開いて事業譲渡と解散手続きの経過を報告し、1894年6月の設立認可以来28年間の経営に幕を閉じた。

文:老川 慶喜(跡見学園女子大学教授・立教大学名誉教授)