名古屋電気鉄道は、明治末期になると市内線の市営化という問題に突き当たることになった。市内線に対する名古屋市民の批判が高まり、運賃の値下げ、始終発時間の延長、線路・車両など設備の改善、周辺の電鉄との連絡を便利にすることなどが要求された。名古屋市の都市化に伴い、市民が名古屋電鉄市内線に対する関心を高めるとともに、名古屋電鉄の高収益に反発していたのである。そうしたなかで、大阪、東京、京都と同じように、名古屋でも市内電車を市営化すべきであるという世論が高まりをみせた...
「鉄道の資本移動の歴史」のスピンオフ企画。西武鉄道がかつて所有した休止線・廃線の「西武安比奈線」と「東京都水道局小河内線(俗にいう水根貨物線)」を訪ねてみた。
なぜ西武鉄道の設立記念日は、武蔵野鉄道が設立された1915年4月15日なのか。そこには武蔵野鉄道と旧西武鉄道との合併劇を主導した堤康次郎の存在が大きかった。