たかが「調味料」で大航海のリスクを取れるか

しかし、かなりの失敗確率(すなわち死)を冒してまして、はるか東方のインド諸島まで木製の帆船で出かけていくほどの見返りが調味料から生まれるものなのだろうか。投資家側からしてもリスクとリターンが合わないのではないか。それが自身で感じていた素朴な疑問だ。

しかし、今回のコロナ危機を機に、改めて文献に目を通していて気づかされたことがある。当時、香辛料は単なる調味料や保存料の域を超えた「医薬品」だった可能性があるということだ。もちろん現代医学における高度な「医薬品」ではない。漢方薬という感じだろう。

効能も大したことはなかったかもしれない。だが重要なのは、それが効くと信じられたということだ。例えばナツメグは船酔いや不眠症、呼吸困難に。シナモンは食欲増進と消化促進に。そのような処方箋が当時の医薬書に説明されているという。(出典:「東インド会社とアジアの海」羽田正)

そして、14世紀から16世紀に欧州全土で猛威を振るい、人口の実に3分の1を葬り去ったとされるペスト。このペストに対しても香辛料が効くと信じた人たちがいたようだ。

当時の医学では当然、ペストの正体が病原菌であることを突き止めることはできなかった。ペストは「悪い空気(臭気)」がもたらすと考えられていた。それでペストには強い刺激や芳醇な香りを持つ香辛料が効くと信じられたようだ。

かつてペストが蔓延したヨーロッパには「ペスト医」という専門医がいた。彼らは非常に長いくちばしのような形をしたマスクを着け、そのくちばしの中に香辛料や香料を仕込んだという。それがペストの原因となる臭気を追い払うと信じられたからだ。ペストが蔓延した町では、町全体に胡椒(コショウ)がまかれることもあったという。

新型コロナで実感する「香辛料の価値」

今、猛威を振るっているコロナウイルスに対しても、様々な医薬品の可能性が取りざたされている。アビガン、イベルメクチン、レムデシビルなどの薬品名が報道されない日はない。世界がその薬を待ちわびている。

もし、中世において、多くの人命を奪い続けたペストに対し、香辛料が現代におけるアビガンのように魅力的な治療薬の候補として期待されていたとしたらどうだろう。

初期の東インド会社が命がけでインドまで航海して香辛料を求めた理由、すなわち香辛料の提供価値として強い説得力がある。香辛料は極めて特殊な産物で、少なくとも当時は東インド諸島周辺でしか育成できなかったのだ。

(この項つづく)

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)