このような否定的な見解があるにもかかわらず、会社はなぜ現金を保有するのか。
まず考えられる仮説は、「取引的動機(The Transaction Motive)」である。これは、会社は事業活動で定常的に支払う必要がある資金、すなわち、運転資金が必要であるため、現金を保有しておかなければならないとう動機である。これは言うまでもない。運転資金の必要な水準は、業種、会社の規模、商慣習、取引先との関係などによって異なるが、ファイナンスの教科書では、例えば、売上高の何パーセントであるとか、従業員の給与合計の何か月分であるとか、同じ業界の他社をベンチマークにする方法などが提唱されている。
次に近年有力に主張されている仮説は、「予備的動機(The Precautionary Motive)」である。これは、資金調達に制約の多い会社は、投資機会や将来の予期せぬリスクに備えなければならない、あるいは、資金調達コストを抑止するために取引的動機以上の現金を保有しなければならないという動機である。
投資機会は、例えば、M&Aや設備投資がある。現金は調達資金と異なり、迅速に活用することができるとともに、調達コストがかからないため、現金を資本コストよりも高いリターンを得る事業に投資できれば、株主価値を向上させることができる。
将来の予期せぬリスクは、例えば、金融危機や大災害のほか、競合他社の脅威なども考えられるが、これはリスクが影響を及ぼす時間軸(持続的か一時的か)とリスクが顕在化する過程(段階的か突発的か)の次元で以下のように分類できる。
かかるリスク時には資金調達が困難になるが、保有現金は資本市場を補完することができる。