コーポレートガバナンスを考える 現金保有は善か悪か

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現金保有の最適水準

では、現金保有の最適な水準はあるのだろうか。

先行研究では、予備的動機を実証したものが多く、支持されている。例えば、成長機会が多く、リスクの高い業種に属する会社は現金保有水準が高い一方、資本市場へのアクセスが比較的容易な規模の大きな会社や格付けを保有している会社は現金保有水準が低いという。

また、金融危機時、現金を豊富に保有している会社は、キャッシュフローの投資感応度が低いため、現金保有が投資を支えた可能性があるという。そして、新型コロナウィルス発生による危機以降、日本の会社は現金保有比率を高めているという。

しかし、言うまでもなく、運転資金、投資機会、そして将来の予期せぬリスクは、業種やライフサイクルによって異なるため、現金保有の最適水準も会社によって異なる。問題は、それを投資家に分かりやすく説明できるか否かである。

テクノロジー業界など成長ステージにある会社は、現金保有比率が高いものの、アクティビスト株主によるペイアウトの提案が多いとはいえない。

これは彼らが、ROICがWACCを上回る投資機会があるため、ペイアウトを行うよりもむしろ、M&Aや設備投資を行ったほうが、企業価値が向上し、株価が上がることを投資家に説明しているからである(「バリュエーションを考える 平時におけるバリュエーションのすすめ」参照)。一方、成熟ステージにある会社は、そのような投資機会が少ないため、積極的にペイアウトを行うことが好ましいともいえる。

難しいのは、将来の予期せぬリスクの説明である。早稲田大学ビジネススクールの鈴木一功教授は、Nassim Nicholas Talebの著書『Antifragile』(邦題『反脆弱性―不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』で触れられている「脆弱性を抑えるために極端に押さえつけて固定化していくと、最終的に非常に不安定なシステムになる」との考え方に立ち、世界の中央銀行が危機を防ごうとしてお金を刷れば刷るほど、将来の金融危機が起こる確率が増し、今後も金融危機は頻発する可能性が高いという。

現金保有は、様々な誘因の結果として生じているため、必ずしも厳密なファイナンス理論で説明できるとは限らない。しかし、アクティビスト株主のキャンペーンに応じて、自社株買いを行い、また、財務レバレッジ(負債の利用)を高め、ROEを向上させたとしても、もしくは、それを謝絶し、内部留保を増やしたとしても、本業の利益率であるROICを高め、成長し、フリーキャッシュフローを生み出さなければ、企業価値が向上することはない。

現金は使い方によって善にも悪にもなる。

<参考文献>
鈴木一功(2021)「企業と株主、コーポレートガバナンス」淺羽茂ほか『NEW NORMAL早稲田大学MBA教授陣が考えたビジネスの新常識』(KADOKAWA)201-227頁
中岡孝剛(2019)「企業の現金保有行動に関する考察:理論と実証研究のサーベイ」商経学叢65巻4号177-227頁
Opler, T., Pinkowitz, L., Stulz, R., & Williamson, R.(1999)The determinants and implications of corporate cash holdings. Journal of Financial Economics, 52(1), 3-46.
Honda, T., Uesugi, I.(2021)COVID-19 and Precautionary Corporate Cash Holdings: Evidence from Japan, RCESR Discussion Paper Series, No. DP21-2.

文:吉村一男

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