アクティビストを考える(下)アクティビスト株主によるCreeping Acquisitionと買収法制

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欧米の買収法制

前回の「アクティビストを考える(中)アクティビスト株主による敵対的買収とその防衛策」で触れたように、敵対的買収に対する防衛策に許容性に関する判例法理は、「支配権争いの帰趨は原則として株主が決めるべき」とし、株主に支配権取得の是非についての判断を適切に行う機会を確保していれば、その買収防衛策は肯定されることが明らかになった。

株主に支配権取得の是非についての判断を適切に行う機会を確保する制度としては、公開買付け(TOB)規制がある。TOBは、買収の条件を開示した上で、買収対象会社の不特定・多数の株主から株式を買い付ける行為であるが、欧州ではこれが支配権取得の原則的な買収方法となっている。

欧州の加盟国におけるM&Aの指針である「公開買付けに関する指令」(TOBディレクティブ)は、市場外買付けだけでなく、市場内買付けや新株発行による取得もTOBの対象とする。これは、イギリス、ドイツ、フランスも同様である。

ただし、各加盟国が定める支配権が移転する一定の議決権割合(スレッシュホールド)となる当初の買付け「自体」がTOBの対象になるわけではなく、スレッシュホールドに達する買付け「後」一定の期間内に、残りのすべての株式を対象としてTOBを行い、全部を買い付けなければならない。スレッシュホールドは、TOBディレクティブに定義がないため、各加盟国が定めるところ、30%以上としている国が比較的多い。

一方、買収対象会社の取締役会は、株主総会において買収防衛策の発動に関する事前の授権を得なければ、TOBの公表からTOBの結果公表またはTOBの失敗までの間、TOBに対抗することになる行動をすることができないとする。買収防衛策も買収者のTOBを妨げる効果を有する場合には、効力を有しない。

すなわち、支配株主が現れまたはその変更があった際、少数株主が状況等に左右されることなく、熟慮の上、TOBの是非を判断し得る機会および少数株主が平等に会社から「退出」できる機会を確保する制度となっている。

一方、米国では、買収者、買収対象会社の取締役会の双方に自由な裁量、つまり、買収者の市場内外での株式取得や取締役会の買収防衛策を認めているものの、少数株主に証拠開示制度(ディスカバリー)、集団訴訟(クラス・アクション)、株式価格決定申立権(アプレイザル・ライツ)などを認め、判例を通じて形成される基準がTOB規制の代替をしているといわれている。

わが国の買収法制とその問題

わが国のTOB規制は、「市場外買付け」による支配権の取得を「禁止」するという発想から出発した規制であるため、「市場内買付け」は対象としておらず、少数株主の「退出」は、株式価格決定請求権(会社法785条等)が担っている。しかし、これはTOB後の救済手段であるため、米国と同様、買収防衛策によって対抗することを許容し、裁判所がその範囲を決定している。

しかし、「アクティビストを考える(上)アクティビスト株主による Bumpitrage と Appraisal Litigation」で触れたように、わが国も、株主アクティビズムが活発化し、「市場内買付け」による敵対的買収が現れ、また、「アクティビストを考える(中)アクティビスト株主による敵対的買収とその防衛策」で触れたように、最高裁判所でこの防衛策が議論となり、株主のうち、買収者とその関係者および対象会社の取締役その関係者を除いた利害関係のない株主(いわゆる「MoM(Majority of Minority)」)の判断による防衛策は、「3分の1を超える市場内買付け」に限り肯定されたものの、それ以外の買付けに対する防衛策の許容性は必ずしも明らかでない。

そこで、将来的にこれを欧州のようにTOB規制で禁じるか、これまでと同様、米国のように買収防衛策によって対抗することを許容し、裁判所がその範囲を決定するか、議論になっている。

Creeping Acquisitionと買収法制の方向性

この点、TOBが非強圧的な方法で行われる場合(公開買付後に残存株式をTOB価格と同額でキャッシュ・アウトする予定であることを開示して行う場合)には、買収防衛策を正当化する理由は見出しづらいため、TOB規制を改正し、支配権を取得しうるような上場株式の取得は、強圧性を持たない形のTOBによるべきことを強制した上で、TOBの実現を妨げる効果を持つような買収対象会社の行為については、行為を行う時点で株主総会の承認を得た場合を除き、これを禁止することが望ましい見解がある。

一方、欧州でも株主アクティビズムが活発化し、正式なTOBを行わず、スレッシュホールドに満たない「市場内買付け」で事実上の支配権を握る「Creeping Acquisition」が問題となっているところ、現行のTOB規制はこの問題に対処しておらず、米国で用いられている買収防衛策を明示的に許容すべきという見解があるため、このような見解もTOB規制を改正し、買収防衛策を禁止することが適切であるか、十分検討を要するという。

わが国は、投資家および市場自体の機能の保護を目的とする米国の証券規制に倣ってTOB規制を導入したものの、新たな問題が発覚する度に制度の目的を十分議論しないまま少数株主の保護を目的とする欧州のTOB規制の考え方に基づき改正を行ってきたため、理論的に一貫した買収法制とは言い難い。

欧州のように支配株主が現れまたはその変更があった「際」の規制(TOB規制)に重きを置くのか、米国のように支配株主が現れまたはその変更があった「後」の規制(防衛策法理)に重きを置くのか、今後の買収法制に関する議論の行方が注目される。

【参考文献】

田中亘(2012)『企業買収と防衛策』(商事法務)

田中亘(2022)「防衛策と買収法制の将来〔下〕-東京機械製作所事件の法的検討-」旬刊商事法務2287号32-45頁

吉村一男(2012)「ヨーロッパのM&A規制とわが国のM&A規制-TOB規制を中心に-」企業会計64巻5号693-704頁

Enriques, Luca and Gatti, Matteo (2014) Creeping Acquisitions in Europe: Enabling Companies to Be Better Safe than Sorry (August 1, 2014). European Corporate Governance Institute (ECGI) - Law Working Paper No. 264/2014

文:吉村一男

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