わが国も、世界的な金融緩和によって、いわゆる「カネ余り」の状況が続き、投資ファンドに資金が流入している。また、2014年に制定されたスチュワードシップ・コード(2017年改訂、2020年再改訂)や2015年に制定されたコーポレートガバナンス・コード(2018年改訂、2021年改訂)によって、株主と会社との間で建設的な対話を通じて企業価値を向上させようとする認識が浸透してきている。そこで、株主が会社の経営陣に対して経営改善の提言(キャンペーン)を行う活動(株主アクティビズム)が活発化している。
現に、ロンドン・ビジネススクールのJulian Franks教授や早稲田大学の鈴木一功教授らの共同研究「Outsourcing Active Ownership in Japan」によると、アクティビスト株主の日本企業へのキャンペーンの件数は、2000年から2019年までの期間に延べ135件あり、スティールパートナーズや村上ファンドが隆盛であった2007年までは一定数あったものの、2008年のリーマンショック以降2011年までは減少傾向が続き、2012年以降、再び増加に転じている。
株式会社は、株主総会で経営陣を選任し、会社の経営を任せる仕組みであるが、経営陣が権限を濫用し、株主の利益を害するおそれがあるところ(この問題を「エージェント問題」という)、米国では、株主アクティビズムは、経営陣に対して規律を与えることによって、エージェント問題の軽減につながる機能があると評されている。
その株主アクティビズムは世界的な潮流であるが、投資家向けに金融サービスを提供するLazardの調査によると、M&Aに関するキャンペーンが最も多い。かかるキャンペーンは通常、以下の3つに大別される。
①対象会社の完全な売却を求める
②対象会社の事業の一部または全部を切り離すこと(スピンオフ)によって、対象会社の分割を要求する
③M&Aに反対し、そのM&Aを完全に停止させること、またはM&A価格やその他の条件の改善を求める
①ついては、わが国では極めて少ないが、会社支配権の変更を求めるものといえる。②については、シンガポールの資産運用会社である3Dインベストメント・パートナーズによる東芝への会社分割(2021年)で話題となったように、スピンオフを求めるものといえる。③については、オアシスマネジメントによる伊藤忠のファミリーマートへのTOB(2020年)で話題となったように、M&A価格の引き上げを求めるものといえる。
いずれもアクティビスト株主と経営陣と対話が決裂した場合には、アクティビスト株主以外の信任を得るため、株主総会に諮るケースが多いが、③は、M&A公表後の株価上昇(bump in stock price)とさや取り(arbitrage)を組み合わせるため、「Bumpitrage」と呼ばれ、常にアクティビスト株主のツールキット(tool kit)に含まれていると認識されているため、今後はさらに多くなると予想されている。
わが国でも、2021年は公開買付け(TOB)が71件と昨年の57件から大幅に増加し、2009年(79件)以来12年ぶりの多さとなったが、不成立のケースが7件あり、商船三井によるダイビルへのTOBにように、Bumpitrageによるケースも見受けられた。
それでは、どのような対策が必要だろうか。
Bumpitrageは、M&A価格が低いと主張し、その根拠である企業価値評価(バリュエーション)の改善を要求するキャンペーンであるため、バリュエーションのアプローチやそのアプローチの下での前提や数値の設定がバリュエーション理論に基づき合理的であることを説明できるようにしておくことが必要であると思われる。
しかし、バリュエーションの合理性について、わが国は、専門家間で受け入れられている統一的な見解があるわけではない。また、Bumpitrageは最終的に株主による株式価格決定申立権(会社法785条等)を行使によって司法の場で争われることが多ため、裁判所で受け入れられている見解も参考になる。もっとも、わが国の裁判所は、2016年のジュピターテレコム事件最高裁決定(最決平成28・7・1民集70巻6号1445頁)で「取引プロセスが公正と認められる限り、M&A価格を尊重し、公正と認められない場合には、自らバリュエーションを行う」と判断したものの、2019年に経済産業省が策定した「公正なM&Aの在り方に関する指針─企業価値の向上と株主利益の確保に向けて─」(M&A指針)に定める公正性担保措置(例えば、経営陣から独立した特別委員会の設置や専門家の専門的助言等)を講じていれば、M&A価格を尊重し、バリュエーションの合理性を審査しないため、参考になる裁判例が少ない。
一方、米国企業の多くが本店を有するデラウェア州の株式価格決定申立権(デラウェア州会社法262条)に関する訴訟(Appraisal Litigation)は参考になる。なぜなら、米国デラウェア州の裁判所は、バリュエーションする際に「全ての関連要素(all relevant factors)」を考慮しなければならないため(デラウェア州会社法262条(h))、「金融業界や裁判で一般に受け入れられる方法」を審査しなければならず(Weinberger v. UOP, 457 A.2d 701, 713 (Del. 1983).)、専門家の証拠が信頼できるか否かは、理論や方法論が「科学的に有効」であり、「ピュアレビューと出版」があり、方法の誤差が「テスト可能」であり、「関連する科学コミュニティ内での広い受容」があるかどうかで判断するという基準があるからである。
例えば、米国デラウェア州のAppraisal Litigationでは、以下のような数値の設定が争点となっている。
・事業計画の予測期間
・継続価値の算定における永久(恒久)成長率
・継続期間における設備投資額と減価償却費
・シナジーの見積り
・市場(株式)リスクプレミアムの推定方法
・ベータの推定方法
・資本コストに対する加算(サイズプレミアム、会社特有のリスクプレミアム)
・非事業用資産
・株式価値に対する減額(非流動性ディスカウント)
・類似上場会社の類似性
・市場価格の情報効率性
アクティビスト株主の日本企業へのキャンペーンの内容は、株主還元が最も多く、M&A関連は必ずしも多いとはいえない。しかし、Bumpitrageは対岸の火事ではない。米国デラウェア州のAppraisal Litigationからバリュエーションの合理性を学ぶことは、Bumpitrageの予測可能性を高めることにもつながるものと思われる。
【参考文献】
吉村一男(2021)「米国・デラウェア州の会社裁判におけるバリュエーションの争点」鈴木一功=田中亘編著『バリュエーションの理論と実務』(日本経済新聞出版)158-208頁
Bebchuk, Lucian A. and Hirst, Scott(2019) Index Funds and the Future of Corporate Governance: Theory, Evidence, and Policy (May 31, 2019). Columbia Law Review, Vol. 119, December 2019, pp. 2029-2146
Becht, Marco, Franks, Julian, Miyajima, Hideaki, Suzuki, Kazunori(2021)Outsourcing Active Ownership in Japan (May 31, 2021). European Corporate Governance Institute – Finance Working Paper No. 766/2021
Emmerich, Adam O. and Norwitz, Trevor S.(2020) The New Dealmakers and Dealbreakers: M&A Activism (March 1, 2020). The International Comparative Legal Guide to Mergers & Acquisitions, Global Legal Group Ltd. (https://www.iclg.com/) 14th ed. 2020
Lazard(2021)「Lazard's Quarterly Review of Shareholder Activism – Q3 2021」(Oct. 19 2021)
文:吉村一男