マニラの大聖堂を模した高山右近記念聖堂(大阪府高槻市)

高山右近記念聖堂(カトリック高槻教会、大阪府高槻市)は、キリシタン大名の高山右近を記念して1954年現在地に仮聖堂が建てられ、1962年に現在の聖堂が完成した。 

高山右近記念聖堂(2019年12月撮影)

高山右近は1552年に摂津の国高山(現在の大阪府豊能郡)で生まれ、12歳の時に父飛騨守の影響で洗礼を受けたあと、1570年ごろに高槻城に入り、1573年に21歳で高槻城主となった。

その後、領内には十字架や教会が次々と建立され、右近が領主となった8年後の1581年には高槻の領民2万5000人のうち1万8000人がキリシタンだったという。1585年に右近は幕府の命令での領地を明石に移し、そこでも教会を建設した。 

高山右近大理石像

その後1612年に徳川幕府はキリシタン禁教令を発布し、1614年には右近の国外追放令が出されたため、右近一家はマニラに逃れたが、右近は到着後40日ほどで熱病にかかり、1615年2月に63歳の生涯を閉じた。 

高山右近記念聖堂の高いドーム状の屋根を持つ現在の建物は、マニラ郊外にある聖母大聖堂を模して設計された。聖堂前には右近大理石像がある。 

聖堂は1年中見学ができ(夜間は外観のみ)、初めての人でもミサの雰囲気を味わうことができる。(大阪府高槻市野見町2-26、阪急京都線高槻市駅から徒歩7分、JR京都線高槻駅から徒歩約16分)