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不祥事が生じにくい企業の文化・風土

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ビッグモーター岩国店(山口県岩国市川西)

ビズサプリの辻です。

2023年も早いもので残すところあと1か月半となりました。11月でも夏日が続いたこともあって、今年も大詰めという実感はまだありません。

2023年を不祥事という観点で振り返ると、ビッグモーターとジャニーズといったオーナー企業のオーナー(またはその親族)による不祥事が大きく報道された年でした。オーナー企業では、たとえオーナーであるトップが倫理的に正しくない行動や判断を行ったとしても、それを正すことは大変困難です。ガバナンスによる規律が厳しく問われる上場会社であってもなかなか難しいのではないでしょうか。特に業績で成功している場合にはなおさら難しくなるでしょう。

ただ、このようなオーナーがいる組織はきっとサステナブルではないのだと思います。代替わりなどで求心力がなくなれば解体していきます。

組織がサステナブルであるためには、やはり「トップが倫理的に正しくあること」は必要なのだと今年の不祥事の報道をみて改めて確信しました。

1.不正・不祥事は組織の病気

私は、不祥事に関する多くの講演を行っていますが、講義の中で不正・不祥事を直感的に理解して頂くため、「不正や不祥事は組織が健全に成長していくのを妨げる病気」と例えてお話しをします。

病気に対しては罹らないこと、もし罹っていたとしたら早く発見することが大切で、そのためには日々の規則正しい生活や行動、そして人間ドックなどの定点観測が重要です。不祥事でいうと、予防と早期発見が大切で、そのためには不正リスクに対応する日々の業務や内部監査などのモニタリングが重要です。そして、病気にかかると初めて健康の大切さに気付くのと同様に、大きな不祥事が起きていない(もしくは、起きていることに気づいていない)時は、「うちの会社は大丈夫」と思い込み、牽制をかけるためのチェックが形骸化していたり、特定の担当者に任せきりにしていたり、ルールに決められた手順を軽視したりしています。

そして不祥事が発覚すると、地道なチェックや牽制、ルールの手順を遵守することの大切さに気付くのです。

また、人間ドックや体調の異変等で何か「異常」があった場合には、その異常から考えられる病気がないかどうか精密検査で徹底的に検査し、病気の有無、病気があった場合には原因を調べたうえで治療方針を決めて治療を始めます。

不祥事では、例えば滞留債権があるとか、内部通報が行われる等の何か異変があった場合には、徹底的に調査を行い、不正が行われているかどうかの事実認定、そして不正があった場合にはその原因や背景を調査し、再発防止策などを検討していきます。

こう考えると、不正調査をする際に表面的な調査でお茶を濁したり、件外調査の範囲を必要以上に狭めたりすることが、結果的に組織の大病を見逃す大変リスクの高いことということも理解して頂きやすいのではないかと思います。

不正調査時に、調査チームに対して、「限られた範囲で調査を実施してほしい」「そこまで調べなくてもいいのではないか」ということは、精密検査をしようとするお医者さんに対して「病気がわかるのが怖いから、精密検査をせずに簡便的な調査にしてください」「異常がわかったところだけ、ちゃちゃっと見てもらえればいいです」といっているのと同じことだということです。

2.不正・不祥事は組織のダニ・雑菌

最近、「天日干し経営~元リクルートのサッカーど素人がJリーグを経営した~」(村井満著)という本を読みました。この本は、前Jリーグチェアマンの村井満氏がJリーグの経営を振り返って書かれた書籍です。元リクルートエージェントのトップであった著者がJリーグのチェアマンとなり、DAZNと10年間2100億円の配信契約を締結するなどJリーグの財政基盤を立て直し、2019年には合計収益も過去最高の収益を記録しています。

この書籍では、不祥事等の組織にとって都合の悪いことは「雑菌」や「ダニ」のようなものだと捉えていて、本の帯には『魚と組織は天日にさらすと日持ちがよくなる』と書かれています。犯罪などのコンプライアンス問題は密室で起こるもので、閉ざされた密室は物理的に誰もいないという意味だけでなく、組織のトップを身内で固め、誰も口を挟むことができない忖度集団も含まれるといっています。

そのような忖度集団においては、その集団にポツンと入った外部の人間も同調圧力のもと忖度を求められ、身内に飲みこまれてしまい、そうした流れの中で、組織のトップのワンマン度合いに加速がついていき、本人はそれをリーダーシップと勘違いするともいっています。

「ものが言いにくい組織風土」は、このような間違ったリーダーシップによる忖度集団の組織で、確かに雑菌やダニが繁殖しやすそうな環境(=不正の温床)といえそうです。

一方で、密室ではない空間は天日干しであるとし、自然界の天日が降り注ぐ太陽だとすれば、経営における天日は降り注ぐ関係者の視線と位置付けています。閉鎖的な経営が関係者の視線にさらされた場合、雑菌やダニにあたる隠蔽した不祥事は立ちどころに駆逐されると述べています。

ダニ・雑菌は狭く、湿った空間でどんどん繁殖します。不祥事も閉鎖的な組織で隠蔽されてしまうと、不祥事は繁殖し組織全体が不正体質の組織となってしまいます。皆さんの組織は閉ざされた密室でジメジメしていませんでしょうか。

3.不正が起きにくい組織風土

村井氏は、不祥事だけではなくトップ含め役員自らがその行動を天日にさらすことの必要性についても述べています。

『Jリーグではチェアマン室はもちろん、役員室を全廃した。役員自らを天日にさらすためだ(中略)従業員がクレーム処理に追われている様子を耳にすると現場の問題点が見えてくる。また私が関係者との会話を終えたあと、少し従業員に内容を解説するとトップの視点を共有することもできる』とのことです。

そして、このようにも言っています。『もちろん、守秘義務に関することは席を立ち、会議室で話すこともあるが、実はそう多くないのが実感だ。』

組織内で、本当に秘密にしなければならないことは実はそれほどありません。単に表に出したくないだけのことです。以前このメルマガでもご紹介しましたが、社長以下管理職がすべてスケジュールをオープンにしている上場会社もあります。(秘密にしなければならなのはM&Aの相手先との面談ぐらいとのことでした。)

顧客との会食、社内の打ち合わせは別に秘密にする必要はないはずですし、それを天日にさらすことは緊張感もあってよいことだと思います。

役職が上の方から自らを天日にさらすことをすれば、「不祥事が起きにくい組織風土」になるのではないかと思います。トップの行動を天日にさらすことは部下からは言いづらいことですから、不祥事が起きにくい組織風土を作りたいのであれば役員専用のフロア、役員個室、役員専用のパントリー、役員専用のエレベーターといたものは実はなくすべきものであることをトップが気づき、自ら率先して実行していく必要がありそうです。

ちなみに、日本HP、ダイエー、日本マイクロソフト社長を歴任して、その後古巣であるパナソニックに復帰し、パナソニックコネクト社長に就任した樋口泰行氏は、ハーバードビジネスレビューのインタビューで次のように述べています。

『日々の仕事の仕方や働き方が変化しなければ、組織文化までは変える事はできません。本社の移転をきっかけに座席をフリーアドレスにし、社長や役員専用の個室をなくしました。スーツが基本のドレスコードも廃止し、会議の席次表を作成することもやめました。些細なことと思われるかもしれませんが、日常の変化の積み重ねが文化を構築します。』(ハーバードビジネスレビュー 2023年12月号より抜粋)

4.風通しのよい組織への第1歩

樋口氏は、健全な組織文化について、次のようにも述べています。

『組織の生産性の最大化には、適切な経営戦略の策定が必要です。そのためには悪いニュースを含めて、経営者やリーダーに正確な情報が風通しよく入って来なければなりません。その土台となるのが、健全な組織文化です。』

前述の著書で村井氏は、これをさらにわかりやすく銭形平次に例えています。

銭形平次のドラマでは、番組の冒頭に事件が起きます。そうすると、子分の八五郎が事件の情報を入手すると「親分、てーへんだ」と市中で蕎麦を食べている銭形親分のところに飛び込んできて、その後色々あって犯人を取り押さえます。

ここで大切なのは、有事に八五郎が直接親分のところに飛び込んで生の情報を提供する関係性が存在すること、そして部下は、親分が蕎麦屋にいる事を知っているということです。「話があるときは、まずは部長や本部長に報告しなさい」というような組織では、有事であったとしても真っ先にトップに有事を伝えてくれることはないでしょうし、どこに伝えればよいか不明な組織では速やかに情報が上がってこないでしょう。

SOMPOホールディングス株式会社の調査報告書(中間報告書)によると、2022年1月に損害保険防犯対策協議会から損保会社に対してビッグモーターが不適切な保険金請求を行っている旨の情報提供があり、同3月に損保ジャパンが2021年度中に協定した物損事故事案を対象にサンプル調査を実施したところ660件のうち、22工場で38件の疑義事案を確認していました。しかし、この情報が同4月に就任した新トップに一切伝わっておらず、同5月に他の損保会社の社長らとの懇談会後に、他会社の社長らからビッグモーターの不正請求事案について相談され、事案を初めて知ったということが書かれています。

他社のトップとの懇談会でそのような有事の事実を知ったということで、損保ジャパンの社長は大変恥ずかしい思いをしたのではないかと思います。

マイナスの情報を「有事」と捉え、すぐにトップに伝えたうえで正しい経営判断をするといったことができていない事例といえます。

マイナスの情報を伝えてもらうためには、マイナスの情報を聞いた時にそれをきちんと受け止めてくれるという信頼関係がなにより重要です。

悪いニュースを伝えた時に怒ったり、どなったりすれば二度と情報は入ってきません。

「組織に潜む重要な問題を「大事」になるまえに発見したいと本当に望むのであれば、耳障りな情報を知らせるのを部下に思い留まらせているのは、ほかならぬ自分の行動であることに気付かなければならない。」(「なぜ危機に気付けなかったのか」(マイケル・A・ロベルト著 飯田恒夫訳))

「不正が起きにくい組織風土を作るにはどうしたらよいのか」「風通しのよい組織はどうすれば作れるのか」とお悩みのリーダーの皆様、まずはご自身を天日にさらして、悪い情報をじっくり聞くことから始められることが第1歩です。

株式会社ビズサプリ AW-Biz通信(vol.182 2023.11.21)より転載

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