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コーポレートガバナンスを考える 現金保有は善か悪か
アクティビスト株主による日本の会社へのキャンペーンは2012年以降、ガバナンスやM&A関連が増加しているが、株主還元関連、すなわち、配当、自社株買いなどのペイアウト政策に関連するものは毎年一定の割合を占めている。
コーポレートガバナンスは、プリンシパルである株主のエージェントである経営者が株主の利益に反する行動をとることによって生じる損失である「エージェンシーコスト」を最小化する理論であるため、経営者に株主の利益を向いた経営を規律付けることが重要であるが、わが国は、株主が取締役会に大きく権限を委譲する「取締役優位モデル(director primacy model)」である米国と異なり、株主の権限が強い「株主優位モデル(shareholder primacy model)」であり、米国のように招集通知に記載が許される内容を証券取引委員会(SEC)のような機関が実質的にチェックするという仕組みがなく、総株主議決権の1%以上または300個以上の議決権を6ヶ月間保有する株主であれば株主提案が可能であるため、その役割は大きい。
その株主提案は、1人の株主が極めて多数の議案を提案する濫用的行使が増加していたため、令和元年の会社法改正により、議案の数の制限が設けられたものの(会社法305条4項5項)、2022年3月決算会社の定時株主総会における株主提案の件数は、前年比6割増の77社(議案数は前年比8割増の292件)と過去最多となり、その主たる内容は概して、以下の結果となった。
主たる内容ではあるが、傾向としては、毎年恒例の配当や自社株買いなどの「ペイアウト」と、経営者の選解任、報酬、そして親子会社間の関係を問う「ガバナンス」が圧倒的に多いことが分かる。近年話題の「環境・社会」や「資本コスト」も見受けられる。
本稿では、筆者が今年の総会にアドバイザーとして関与し、株主の提案や質問から気付いた点をいくつか指摘してみたい。
今年の総会はアクティビスト株主による提案が増加した。三菱UFJ信託銀行の調査(6月14日時点)によると、アクティビスト株主からの提案も前年の17社から大幅に増加し、45社(議案数は132件、前年は47件)となった(「アクティビストを考える アクティビスト株主による提案とその活かし方」参照)。背景には、低PBRがある。
PBRは、株式の時価総額が簿価純資産(株主資本)の何倍かを表す指標であり、1倍未満の会社は、株式の時価総額が会社の解散価値を下回る状況(仮に全株式を買収し、解散した場合にもリターンが発生する)といわれている。しかし、経済産業省の分析によると、2022年3月2日時点において、TOPIX500構成の会社のうち、PBRが1倍未満の割合は、米国(S&P)3%、欧州(STOXX)約2割に対し、日本(TOPIX)は約4割、東証一部上場の会社では、PBR0.5から0.6倍が最頻値となっている(東証一部上場2,173社中、PBR1倍以上は1,075社(49.5%))。
出所:経済産業省「経済産業政策新機軸部会中間整理」(2022年6月13日)26頁
このような会社は、多くの投資家にとっては魅力の乏しい会社かもしれないが、市場内で買い付けた上で、会社にイベントを促し、株価を上げ、売却するアクティビスト株主にとって魅力的であることは言うまでもない。
そのPBRはPER×ROEに分解される。グロース投資家は、どちらかというとPERに注目するが、アクティビスト株主などのバリュー投資家はROEに注目する。すなわち、自らの提案が中長期的な利益成長率を変える(PERの見方を変える)までに至らないと考えているため、短期的にROEを改善するイベントを促し、PBRの拡大による株価上昇を狙っている。そのイベントの典型が、分母の「簿価純資産」を減少させる当期利益以上の増配や自社株買いなどの「ペイアウト」である。
フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。平時の株主価値向上のコンサルティング業務、株主総会におけるアドバイザリー業務、M&Aにおけるアドバイザリー業務、投資業務などに従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)の招聘研究員に嘱任し、企業法とファイナンスに関する研究に従事。著書は、「構造的な利益相反の問題を伴うM&Aとバリュエーション―理論と裁判から考える現預金と不動産の評価―〔上〕〔下〕」旬刊商事法務2308号・2309号(共著、2022年)、「米国の裁判から示唆されるわが国のM&Aプラクティス」MARR330号(2022年)、『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021年・第16回M&Aフォーラム正賞受賞作品)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020年)など多数。
フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/)
アクティビスト株主による日本の会社へのキャンペーンは2012年以降、ガバナンスやM&A関連が増加しているが、株主還元関連、すなわち、配当、自社株買いなどのペイアウト政策に関連するものは毎年一定の割合を占めている。