大分銀行は、最近になっても、県外大都市で融資額を伸ばす戦略ではなく、より地域に根ざした金融機関をめざしていくことに徹している。前頭取である姫野昌治氏は「就任から6年間で東京の大企業向け融資を減らし、地元企業向けを増やす地域密着化戦略を推し進めてきた。地元中小企業向けの融資比率は6割を切るところから約64%まで回復...
全国の地銀には通称“ナンバーバンク”と呼ばれる金融機関がある。新潟の第四銀行、長野の八十二銀行、岐阜の十六銀行、三重の百五銀行、香川の百十四銀行、長崎の十八銀行、そして明治11年、宮城で営業を開始した第七十七国立銀行が源流の七十七銀行だ。
日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A―合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ち、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わりなども見えてくる。第1回は「北海道」。北の大地には、北海道銀行と呼ばれる組織が2つあった。