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【野田醸造建築群】醸造家が育て支えた伝統と財|産業遺産のM&A

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「野田の醤油発祥地」碑。永禄年間に飯田市郎兵衛家が醤油づくりを始めたとされる

 独自の道を歩む者がいればこそ

旧野田商誘銀行は1944年に千葉銀行に営業譲渡し、廃業を決めて以後、本店の建物は千葉銀行が野田支店として1969年まで営業を続けた。そして1970年、キッコーマン系列の株式会社千秋社という会社の所有になり、現在も千秋社の社屋として使われている。

一方、野田醬油株式会社は高梨・茂木両家のもと、日本を代表する醤油産業に育っていった。現在のキッコーマンは、創業家は社長人事には口出ししないなど脱同族会社経営を唱え、実際に海外のM&Aも推進して巨大企業になった。だが、その歴史が紡ぐ威光は野田の街全体に色濃く残っている。

現在の野田本社界隈を歩いてみても、茂木茂木七左衞門邸(茂木本家)とレンガ塀、地主農家としての長屋門と金融業としての帳場をあわせ持つ茂木七郎治邸、初代本社社屋で現在は市の武道場となっている「春風館」、一私企業が工場とともに地域住民の給水まで担った給水所などがある。野田市駅の駅前にある同社野田工場には製造第一部・事務所の建造物や御用蔵、稲荷蔵がある。高梨兵左衛門邸(高梨本家)は庭園とともに上花輪歴史館になっている。野田は市街一帯に数多くの歴史的建造物を有する、まさに近代化産業遺産の町だ。

山下平兵衛家が紡いできたキノエネ醤油本社・工場

では、野田醤油株式会社の大合同の際に袂を分かつことになった山下平兵衛家は、その後、どうなったのか。実は野田の地において独自に醤油づくりに取り組み、現在のキノエネ醤油株式会社となった。

キノエネ醤油の「しろしょうゆ」は、出荷量・販売シェアともに国内トップクラスを誇っている。その本社社屋は1897年に建設された伝統建築で、本社・工場などの建物群は2007年に経済産業省認定の近代化産業遺産「野田市の醸造関連遺産」として認定された。

キッコーマンと同様にキノエネ醤油もまた、むらさきの町・野田で優に100年を超える醤油の文化と歴史を紡いできた老舗企業として、確固とした地位を築いている。

取材・文/M&A Online編集部

M&A Online編集部

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