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瀬戸が渦巻く長崎地銀の大合併|ご当地銀行の合従連衡史

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十八銀行に合併された旧諫早銀行の本店(kando12/photolibrary)

銀行名に「佐世保」を冠して以降は次々にM&Aを推進

夜景も美しい佐世保の街並(Sean Pavone/iStock)

 早岐起業会社はその後、1891年に早岐銀行として業務を継承し、1907年には佐世保銀行と改称した。その佐世保銀行が1927年に相浦銀行、面高銀行、折尾瀬銀行、殖産銀行、瀬戸銀行といった地場の銀行を合併し、1939年に親和銀行としてスタートした。ちなみに、親和銀行としてのスタート時には、佐世保商業銀行を合併している。

創業直後の1940〜1941年に親和銀行は、志佐銀行、大村銀行、玖島銀行、九十九銀行を相次いで買収し、長崎一帯で地盤を固めていった。その後、佐世保貯蓄銀行と合併し、2003年には地場の無尽会社、九州相互銀行の流れを組む第2地銀の九州銀行と合併する。

その時期は親和銀行が九州親和ホールディングスを設立し、その子会社となった頃のことだ。むしろ、地場の有力地銀である親和銀行が有力第2地銀を傘下に収めるとことを前提として九州親和ホールディングスを設立したということだろう。

だが2007年、九州親和ホールディングスは約6年という短い期間で終焉を迎える。ふくおかFGの傘下に入ることとなったからだ。この経営統合当時、親和銀行は積極的な経営の一方で不良債権の処理に追われ、這々の体だったとされている。

その一方で親和銀行から見れば、「九州親和ホールディングス」と合併行である「九州銀行」の名を先に冠し、2020年には「十八親和銀行」と「十八銀行」の名を先に冠するあたり、しかも、早い段階でふくおかFGに加わるあたり、「進取の気性に富み、日本一の楽天家」と称される長崎県の県民性、機を見るに敏な姿勢が現れているともいえる。

国立銀行のナンバーを踏襲する十八銀行

一方の十八銀行の源流は、その名が示すとおり、1877年、長崎市に創立した第十八国立銀行である。国立銀行のナンバーを踏襲し続けている日本で数少ない“由緒ある”銀行であり、親和銀行に比べれば、実直さが感じられなくもない。

その第十八国立銀行は国立銀行の営業期限の20年を経た1897年に十八銀行と改称後、口之津銀行、長崎銀行、有家銀行、諌早銀行、長崎貯蓄銀行、長崎第一信用組合など地場の銀行・金融機関の合併・買収・分割事業譲受などを重ねて独自に地盤を固めていった。そして、2019年に、ふくおかFGの完全子会社となった。

おそらく、長崎県に2つの有力地銀が競争をこれ以上続けることは、長崎県という離島で構成する地域経済において金融という軸を育てることにつながらず、消耗戦になってしまうこともあり得ると考えたのかもしれない。

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