実は明治期から昭和初期まで、宮崎より延岡のほうが人口は多かった。また、金融史において、宮崎県内に国立銀行が設立されたのは、宮崎ではなく延岡であった。明治12年に設立された第百四十五国立銀行である(もう1つ、上記の日向中央銀行の源流である第百四十四国立銀行が現日南市の城下町・飫肥にあった)...
“ご当地銀行”の合従連衡史の5回目は、岩手県。岩手県には“盛岡のウオール街”と呼ばれる中ノ橋通がある。岩手銀行赤レンガ館、もりおか啄木・賢治青春館、盛岡信用金庫本店。盛岡の中心街、通りに並ぶ往時の銀行建築群から地方金融史をたどっていく。