バスツアーの最大手、「はとバス」がこの8月に創立70周年を迎えた。看板である東京観光コースの利用者数は年間90万人に上る。戦後復興の象徴として基礎をなし、今日まで東京観光のリーディングカンパニーを自他ともに認める存在だ。

バスガイドは女性のあこがれの職業

♪♪  若い希望も恋もある ビルの街から山の手へ 紺の制服身につけて…発車オーライ 明るく明るく走るのよ

1957(昭和32)年、初代コロムビア・ローズが歌う『東京のバスガール』(歌詞丘灯至夫、作曲上原げんと)が大ヒットとした。バスガールのモデルは、はとバスのガイドとされる。

その前年の経済白書は「もはや戦後ではない」という流行語を生みだした。政府が戦後復興の終了を宣言したのだ。国民生活の安定に伴い、観光ブームが到来した。そんな中、颯爽と働くバスの乗務員は女性のあこがれの職業として今では想像がつかないくらいの人気を誇った。

はとバスは戦後の混乱期の1948年8月14日に新日本観光としてスタートした。バックアップしたのは東京都交通局。東京都が今も、はとバスの筆頭株主(持ち株比率約38%)だ。

翌年1月に団体貸切バス第1号として成田山初詣へ運行し、3月には女性ガイド第1期5人が誕生、都内定期観光バス(半日Aコース)も運行開始した。

ちなみに、「東京半日Aコース」は現在も運行されている。皇居前広場〜浅草観音と仲見世(自由散策80分)〜東京タワー・メーンデッキの都内の名所3カ所を5時間弱で巡り、車窓から歌舞伎座、銀座、桜田門、国会議事堂などを眺められる趣向。参加費は5700円・こども3060円(食事は別)。

1963年に「はとバス」に社名を変更

はとバスツアーのパンプレット

開業3年後の1951年に夜の定期観光バスの運行がスタート。1953年には早くも外国人向けコース(英語)の本格運行を始めている。屋根を取り払ったオープンバスは1965年、2階建てバスは1982年に登場した。

ボディーに平和、安全、快速を象徴する「鳩」が描かれたことから、「はとバス」の愛称で親しまれるようになった。1963年には社名そのものを「はとバス」に改めた。はとバスといえば、黄色がおなじみだが、車体のカラーを統一したのは1979年から。バスが大きく見える、遠くからも見ても曇りや日陰でもバスをすぐに見つけられることなどが黄色を選んだ理由という。

現在は定期観光バスだけで100を超えるコースを展開する(横浜観光を含む)。これに加え、貸切観光バスや全国各地への企画旅行、ホテル運営、さらに都内の一部などで路線バスの受託も手がける。2017年6月期の売上高は173億円。