Ira Kalish
Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト
経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。
米国経済の専門家たちの間では米国の労働市場は減速しており、それが経済成長の鈍化につながっているとの見解が一般的でした。しかし、米国政府が発表する最新の雇用統計は、投資家に予想の修正を迫るものとなっています。最新の雇用統計では、驚くべき雇用の伸びと失業率の低下が示されており、この状況を受けて、債券利回りは上昇し、株価は小幅に上昇、米ドルは他の主要通貨に対して強含みました。今回の雇用統計は、米国経済が予想されていたほど緩やかではないものの、“ソフトランディング(*1)”に向かっていることを示唆しています。以下に詳細を説明します。
まず、米国政府は雇用市場に関する2つの報告書を発表しました。1つは事業所調査に基づくもので、もう1つは世帯調査に基づく報告書です。事業所調査によれば、2024年9月には254,000人の新規雇用が創出され、これは今年3月以来最大の月間雇用人数であり、投資家の予想を大きく上回るものでした。新規雇用の内訳は、建設業25,000人、小売業15,600人、専門サービス業17,000人、医療・社会福祉支援業71,700人、娯楽・観光・宿泊業78,000人、州・地方政府29,000人となっています。他の業界では、雇用はわずかな増加が見られる一方で、製造業のように雇用が減少する業界もありました。一方、平均時給は前年同月比で4%増加し、5月以来最大の増加率となりました。これは、明らかに労働市場のひっ迫によりインフレ率が低下しているにも関わらず、賃金が緩やかに上昇していることを示しています。生産性が賃金上昇に見合って向上しない限り、FRB(連邦準備制度理事会)にとっては懸念材料となる可能性があります。
自営業者を含む世帯調査によれば、雇用の伸びは労働力の規模の拡大に比べてほぼ3倍の速さで増加しています。この結果、失業率は8月の4.2%から9月には4.1%に低下しました。失業率の低下は2カ月連続で見られています。
以上の調査結果はFRBの政策にどのような影響を及ぼすのでしょうか。雇用統計が発表される前日、先物市場では、11月のFRBで0.25%の利下げが行われる確率が68%であると考えられていました。しかし、調査結果の公開当日にはその確率は94%に上昇しました。つまり、多くの投資家は、雇用が堅調に伸びたことから、0.5% の利下げの可能性が大幅に下がったと考えたのです。特に雇用統計により賃金上昇の加速が示されたことから、多くの投資家はFRBが利下げに対しより慎重に行動すると予想しています。加えて、この予想は、FRBのパウエル議長が段階的に金利引き下げを行う可能性を示唆した最近の発言とも一致しています。
*1:急激な景気後退や混乱を招くことなく、緩やかに景気が減速していくこと
一方、今後10年間の平均インフレに対する債券投資家の期待を示す指標である10年物ブレークイーブン・インフレ率は、過去数週間で緩やかに上昇しました。2024年9月10日のブレークイーブン・インフレ率は2.02%でしたが、10月3日時点では2.21%に達し、7月下旬以来の高水準となっています。投資家は米国経済の強さを踏まえ、インフレ予想を上方修正しましたが、依然として比較的低いインフレ率を見込んでいます。
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