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阪神・阪急経営統合(その2) 「深める沿線、広げるフィールド」

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実は阪急にとっても魅力的だった阪神の資産

 阪急HDにとっても、梅田駅前に多くの資産を有する阪神電鉄は魅力的であった。阪急は、バブル経済崩壊後、大阪市西淀川区の開発計画が頓挫するなどして、負債が膨らんでいた。ところが阪神電鉄は、沿線に優良な資産をもち、財務状況は健全で、西梅田地区の再開発に取り組んでいた。

 当時社長であった手塚昌利氏によれば、西梅田地区の再開発事業は「阪神グループ挙げての21世紀への新しい挑戦」であり、「西日本の表玄関である大阪にふさわしい世界水準の街を創造」することであった。阪神電鉄は、西梅田地区の開発を進め、バブル経済が崩壊し、1995年1月の阪神・淡路大震災を経たのち、同業他社よりも良好な経営パホーマンスを示していた。そして、2004年度末の固定資産は3638億1500万円で、資産総額の87.3%となった(『阪神電気鉄道百年史』2005年)。

 梅田は、大阪圏では最大の商業集積地であったが、人口が減少する中で消費者の需要構造も大きく変わり、競争が激化していた。阪急HDと阪神は、鉄道事業だけでなく、不動産事業、百貨店事業、ホテル事業などさまざまな分野で連携・協同し、各事業の競争力を強化し、企業価値ないしは株主価値を向上させようと考えたのである。

経営統合のシナジー効果はココに!

 阪急HDと阪神電鉄が経営統合した翌年の2007年1月には、阪急百貨店と阪神百貨店も経営統合した。

 大阪梅田地区は2011年以降、三越の新規出店、大丸梅田店の増床、さらには大阪駅前開発や北ヤード再開発などが計画されており、関西商圏での存在感をますます強めていくとみられていた。こうしたなかで、阪急百貨店と阪神百貨店が経営統合すれば、さまざまなシナジー効果が発揮され、梅田地区での百貨店事業で優位に立つことができる。

 さらに、不動産事業や流通事業で阪神・阪急の関連施設の集積する梅田エリアで、一体的な運営ができれば、百貨店と同様のシナジー効果の発揮を期待できる、と見込んだ。

「深める沿線、広げるフィールド」が合言葉

 鉄道沿線の人口減少が進むなかで、阪急阪神HDは、「深める沿線、広げるフィールド」のスローガンのもと、新たな経営の展開を模索している。

「広げるフィールド」とは、首都圏や海外など、沿線からはなれたところでの事業展開を意味している。しかし、阪急阪神HDは現在、2022年に阪神百貨店梅田本店、新阪急ビルを完成されるとともに、築年数の古いビルの建て替えなど、梅田地区の再開発を図っている。

 営業利益の9割を梅田と沿線で稼いでいる阪急阪神HDは、関西圏の人口減少に対処するため、首都圏や海外での事業展開を模索してはいる。だが、同時に梅田を拠点とする沿線での事業の充実をはからなければならないのである。

「深める沿線」とはそのことを意味している。阪神・阪急の経営統合のもう一つの目的は、梅田での事業展開で優位に立つことにあったといえる。

文:老川 慶喜(跡見学園女子大学教授)

老川 慶喜 (おいかわ・よしのぶ)

跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授。 1950年、埼玉県生まれ。

立教大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。専門は交通史、鉄道史。 現在、跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授、立教大学名誉教授。1983年、鉄道史学会設立に参加、理事・評議員・会長などを歴任。

近著に、『鉄道と観光の近現代史』 (河出ブックス)、『日本の企業家 5 小林一三 都市型第三次産業の先駆的創造者』 (PHP経営叢書)、『日本鉄道史 大正・昭和戦前篇 - 日露戦争後から敗戦まで』 (中公新書)など


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