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首都圏廃線物語 かつて西武鉄道が所有した休止線、廃線を訪ねて

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西武安比奈線―最近まで休止線だった廃線

「西武安比奈線」——。西武新宿線の南大塚駅から分岐している路線である。「分岐していた」と書かないのは、実はこの安比奈線、最近まで廃線ではなく「休止線」ということだったからだ。だが、「休刊」になった雑誌がもう二度と日の目を見ることがないように、安比奈線も朽ち果てていく一方だ。

2010年代前半、全長3.2キロの大半には、しっかりとレールが敷かれたままになっていて、思いはいやが応にもありし日の列車の走りにいたる。

西武安比奈線は近くを流れる入間川——荒川の支流で採取する川砂利を運搬するための路線だった。残念ながら、乗客としての人々の往来はなかった。途中には駅はなく、南大塚駅を出た列車は10分程度で終点安比奈貨物駅——採石場に至ったのだろう。線路ぎりぎりまで住宅が進出しているものの、かつては、砂利を積んだ貨車を電気機関車が牽き、野原をのんびりと走っていたはずだ。

高度成長期の申し子となる

開通したのは1925(大正14)年で、敗戦後の1949(昭和24)年に電化されている。砂利運搬の役目を終えるのは、1967(昭和42)年のことだ。

その間、特に戦後の18年間は、高度成長期と軌を一にする。街では官民挙げての各種の建設ラッシュ。そうした現場で使われる材料としての川砂利の需要は、とどまるところを知らなかった。採取・積載現場の騒音、貨物列車の往来の音……。安比奈線は戦後日本の高度成長の象徴的なものだったともいえよう。新しい日本の建設の一翼を担っているとの誇りを持った人々の、活気ある声が聞こえ、仕事ぶりが目に浮かんでくる。

やがて、川砂利の無秩序な採取は災害に結びつきかねないため規制されるようになり、それに伴って安比奈線の役目も終わっていく。

もう、往時の面影はない。川砂利の採石場あたりや安比奈貨物駅のあったところは、野原が広がり、一部はモトクロス場にもなっていて、ほこりだらけの一帯になった。ただ線路だけは、そのなかで、しっかりと地に根を張っている。 

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