コーポレートガバナンスを考える MBOや上場子会社の完全子会社化における特別委員会の役割

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特別委員会のプラクティス

もっともこれは、特別委員会の設置が買収価格の最大化に全く関係がないということを意味しているのではない。なぜなら、M&Aは会社に対する集合的な所有権をもたらすが、この集合的な所有権には「価値」があり、通常、単元株式の「市場価格」にはこの価値が反映されないため、買収者は「買収プレミアム」を支払うところ、これは証券取引所で取引されるものとは異なる資産に対する「市場清算価格(the market-clearing price)」に過ぎないからである。すなわち、買収プレミアムは「買収価格」と「市場価格」の差であるが、「買収価格」と「価値」の差ではない。

では、特別委員会は、どのようなプラクティスをすべきか。米国デラウェア州の受託者責任訴訟のほか、株式価格決定申立権に関する訴訟(鑑定訴訟)が参考になる(「アクティビストを考える(上)アクティビスト株主による Bumpitrage と Appraisal Litigation」参照)。すなわち、構造的な利益相反構造の問題があるM&Aのような買収者が支配株主である場合には、「買収価格」を尊重せず、「価値」を審査するが(例えば、2020年のSynapse Wireless事件や2022年のSalem Cellular事件など)、これは買収プレミアムの大きさではなく、買収価格が継続企業(a corporation as a going concern)としての本源的価値(intrinsic value)の比例価値(the pro rata value)を反映しているか否かを審査しているため、特別委員会もその観点から判断すべきといわれている。

もっとも、わが国は米国と異なり、たとえ構造的な利益相反構造の問題があるM&Aのような買収者が支配株主である場合でも、公正性担保措置を講じていれば、「価値」を審査せず、「買収価格」を原則的に尊重する法理が確立しているため(2016年のJCOM事件)、特別委員会にそこまでのプラクティスをするインセンティブがないかもしれない(「頑張って交渉すれば足りる」という論調もみかける)。しかし、株主がそれを許容するか否かは別問題である。買収価格が低いと主張し、その根拠である価値評価の改善を要求する”Bumpitrage”は増加の一途であり、2019年の廣済堂、2020年のニチイ学館、日本アジアグループ、2021年のサカイオーベックス、光陽社、パイプドHD、2022年の片倉工業のMBOは、いずれもキャッシュアウトされる少数株主が取締役会に「買収価格であるTOB価格に対象会社の価値が反映されていない」とクレームし、ニチイ学館以外のMBOはこれが原因でTOBが不成立となっている。

M&A指針を検討した研究会では、ある委員から「特別委員会があるから大丈夫だと思っている機関投資家は流通市場にほとんどいない・・・現実として特別委員会が期待するような機能を果たしてくれるという期待がない。」とのコメントや「手続の正当性は、必ずしも価格の正当性を証明することにはならない。この2つは別の次元で議論され、もちろん関係性はあるが、別々の判断をしなければいけない。・・・相手に希望価格があれば、それになるべく近づけて算定書を出すというのがある意味フィーをいただいている立場(価値評価者)からすると当然。・・・一定の範囲内で算定書の数値にバイアスは当然かかっているという理解。」とのコメントがあった。

コーポレートガバナンスは、株主とそのエージェントである経営陣の間の「エージェンシー問題」を解決する理論であるが、かかる問題は、MBOや親会社による子会社の全部買収(上場子会社の完全子会社化)など、支配株主と少数株主の間でも生じる。その問題を解決する手段として特別委員会の役割は大きい。2021年に改訂されたコーポレートガバナンスコードでも、支配株主を有する上場会社に少数株主保護のための利益相反管理措置(独立社外取締役の3分の1以上の選任または特別委員会の設置)が求められた(補充原則4-8③)。形式はともかく、実質的に機能しているか否か。その真価が問われている。

<参考文献>

川本真哉(2022)『日本のマネジメント・バイアウト』(有斐閣)

鈴木一功=田中亘編著(2021)『バリュエーションの理論と実務』(日本経済新聞出版)

吉村一男(2020)「利益相反構造のあるM&Aにおける公正性担保措置の検討-『公正なМ&Aの在り方に関する指針』の公表を踏まえて」関西法律特許事務所編『民事特別法の諸問題 第6巻』(第一法規)641-675頁

Korsmo, C., Myers, M. (2022)What Do Stockholders Own? The Rise of the Trading Price Paradigm in Corporate Law, 47 J. Corp. L. 389.

文:吉村一男

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ CEO
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。ファイナンシャル・アドバイザリー業務に従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)招聘研究員。専門は、企業価値評価論、企業買収制度論。主な著書は『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021 年)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020 年)、『民事特別法の諸問題 第 6 巻』(共著、第一法規、2020 年)など。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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