旧西武鉄道の礎を築く川越鉄道

川越鉄道は、大正初期に武蔵野鉄道や東上鉄道が開業すると、営業圏の拡大をはかって1916年5月に村山軽便鉄道から田無~吉祥寺間の鉄道敷設権を譲り受けた。また、川越馬車鉄道と川越電灯が合併して1903年12月に成立した川越電気鉄道は、1914年12月に神流川水力電気を買収して武蔵水電株式会社となった。武蔵水電は1920年6月に川越鉄道を合併し、21年10月には西武軌道(荻窪~淀橋間)も合併した。武蔵水電は1922年6月に帝国電灯に合併されるが、帝国電灯が鉄道・軌道部門を電力部門から切り離すと綾部利右衛門らが譲り受け、1922年8月、新たに資本金600万円で西武鉄道を設立した。この西武鉄道を、戦後の西武鉄道と区別して便宜的に旧西武鉄道と呼んでいる。

旧西武鉄道設立当初の役員構成をみると、取締役社長には指田義雄が就任し、取締役に根津嘉一郎、大川平三郎、諸井恒平、綾部利右衛門、永田保之助、山崎覚太郎、佐藤秀松、脇田貞三、監査役に山崎嘉七、柿原定吉、塚口慶三郎が名を連ねていた。このうち、綾部、山崎(覚太郎、嘉七)は川越鉄道、指田は北武鉄道、諸井、柿原は秩父鉄道、根津、大川は東武鉄道に関係していた。この旧西武鉄道が、武蔵野鉄道と競合し、対立することとなる。

文:老川 慶喜(跡見学園女子大学教授・立教大学名誉教授)