事業再生・倒産とM&Aのスペシャリストとして豊富な実績

 日本の中小企業の多くは、オーナー経営者の高齢化などに伴う事業承継の課題に直面している。こうした中、最近注目されているのがM&Aを活用した事業承継、事業再生だ。これらの手法を活用すれば、中小企業の新たな成長機会にもなる。そこで、そのポイントについて、事業再生やM&Aに詳しい、松村正哲弁護士に聞いた。

――松村先生がお取り組みになっている分野をお聞かせください。

 私は企業法務全般に携わっていますが、その中でも、事業再生や倒産、M&Aや企業再編、訴訟や紛争解決などを主要な業務としています。これらはいずれも密接に関連する分野です。
 事業再生・倒産案件では、多くの場合、支援を受けるためのスポンサー探しが行われます。スポンサーと支援を受ける対象会社との間ではM&Aが行われることになり、対象会社の子会社化や一部の事業の売却などが行われます。
 さらに、事業再生・倒産のプロセスは、一種の非常事態ですので、利害関係人との間で紛争が多数発生します。そこで、これらを解決していく必要が生じます。
 私は、もともと事業再生・倒産案件を専門分野としていましたが、これに密接に関連する分野であるM&Aや企業再編、訴訟や紛争解決なども、自ずと主要な業務として取り扱うようになりました。

――松村先生が事業再生や倒産、M&Aのスペシャリストとして活躍されるきっかけは何だったのでしょうか。

 私が弁護士になったのは1997年です。当時はバブル崩壊後で、過剰債務に陥った企業が数多く破たんした時代でした。
 私は、国内最大手級の法律事務所である森綜合法律事務所(現・森・濱田松本法律事務所)に入所したのですが、同事務所は伝統的に事業再生や倒産案件を多く手がけてきており、私も大型の事業再生や倒産、M&A案件に携わる機会がたくさんありました。
 当初から、この分野の仕事にとてもやりがいを感じていました。というのは、この分野の案件は、いわば企業の生死に関わるものです。オーナーや役員だけでなく、従業員の方の人生においても、非常に重要な問題となるものです。
 新聞紙上をにぎわした、皆さんのご記憶にあるような大型案件にも数多く携わりましたが、その中でも印象深いのは入所してまもなく担当した案件ですね。
 東証一部上場のある大手商社の破産事件でした。これは破産事件でありながら、それとM&Aをセットにした案件である点に特徴がありました。この会社は商社であったため、様々な事業部門があり、それらの中で、破産後も事業価値があるものについては外部に売却することとし、その売却代金によって債権者に対する弁済原資を極大化することができました。
 当時、破産会社のこのような多岐にわたるM&Aはほとんど前例がなく、弁護団の一員として、難易度の高い案件を成功に導くことができたことは、大きな自信となりました。

後継者不足のため、中小企業の事業承継でM&Aが活用される例が増えている

――事業再生・倒産やM&Aの時流や潮流はありますか。

 前述した97年ごろは、倒産事件が多数発生して、多くの企業が抱えていた膿(うみ)が一気に出てきたような状況でした。大手商社などのほか、証券会社、銀行などの大手金融機関も破たんしました。
 それに対して、2000年には民事再生法が施行され、03年には産業再生機構が設立されるなど、国も事業再生を促進させるための取り組みを始めました。また、民間の金融界・産業界でも「私的整理に関するガイドライン」(01年)を作成するなどし、官民一体となって、不良債権処理の問題に取り組みました。私的整理もやります、あるいは、法的整理についても再生型の手続をちゃんと手当てします、というわけです。
 これらにより、いわゆる大型倒産の件数は減ってきました。ただ、バブルの後処理は長期化して、その後も不動産会社、ゼネコンなどの倒産が続きました。また、預託金が返せなくなったゴルフ場の法的処理も急増しました。最近は景気が回復しつつあることから、倒産件数も減少し、少し落ち着いている状況です。

――中小企業の事例があれば、ご紹介ください。

 最近の特徴として、経営者の高齢化による事業承継、そしてこの事業承継に、M&Aや事業再生が絡む案件が増えています。M&Aは、社外の第三者への事業承継と言えます。
 売上高が10億円程度の企業でも、後継者がいない場合もあります。大きな理由はその会社の事業が構造的な不況に陥っており、承継する魅力がないことです。
 たとえば、地方でスーパーマーケットを数店舗経営しているような企業があります。地域の人口はどんどん減っていることに加え、ネット通販企業の台頭などにより既存顧客も奪われています。このような企業は、これから右肩上がりで成長するとは考えにくく、現状維持すら難しい状況です。オーナー経営者の後継者も、その辺りの事情はよく分かっています。
 さらに、そのまま事業を承継すれば、通常の場合、金融機関からの借入金債務の個人保証も引き継がなければなりません。このため、親の会社に入社していながら、「僕はこのままでいいから、社長にはならない。後は継がない」と話す息子さんすらいます。
 価値観が多様化し、構造的な不況業種が存在する現在の社会情勢では、親としても「子供は事業を継ぐものだ」とは、なかなか言えなくなってきているのです。
 このような場合の解決策として、事業承継に、M&Aや事業再生をセットにする手法があります。たとえば、先ほどのケースで言えば、スーパーマーケットの複数の店舗のうち、業績のいい店舗だけを外部に売却して、後は会社を清算してしまう方法です。事業価値のある部分を切り離して、事業価値のない部分は清算します。大手に引き取ってもらえる場合もあります。
 これを、会社が資産超過であるうちに早いタイミングで行えば、銀行や取引先に迷惑をかけることなく、また個人保証の担保になっている自宅を売ることもしなくてすみます。さらに債務を返済した後に残余財産があれば、配当や退職金などでオーナー経営者の個人資産を残すことや、従業員に割増退職金を払うことも可能になります。
 このようなM&Aや事業再生を活用することにより、事業を承継する側の会社も業容を短期間で拡大できます。中小企業の新たな成長機会になります。

事業再生のプロセスを通ると、思い切った改革も実現しやすい

――なるほど、複数の選択肢があるわけですね。事業再生、倒産、それぞれについて一般的な流れを教えてください。

 中小企業の場合、債務超過であるだけでは経営は破たんしません。経営破たんの原因は、資金繰りがショートすることです。そのため、事業再生にあたっては、まず資金繰についての「止血」をします。手順としては、最初に金融債務の支払いを止めます。それでも資金が不足するなら取引債務の支払も止めることになります。金融債務だけで済むなら、いわゆる私的整理でいいわけです。取引債務の支払いを止めるとなると、通常は法的整理になります。








 事業再生に伴うM&Aでは、そのような形で止血をしながら、事業の全体あるいは一部について引き取ってくれる先がないかを検討していきます。それができない場合は、自力再生を目指すことになります。さらにそれもできないとなると、最終的には清算、破産になります。私たち専門家は、このような流れの中で、ベストな解決策を検討していくことになります。
 ちなみに、自力再生とはスポンサーなしで債権のカットだけをしてもらい、今後の収益の中から債務を返済して再生する方法です。
 事業再生のプロセスは、企業が生きるか死ぬかという状況ですので、事業のリストラクチャリングについて関係者の理解を得やすくなり、思い切った施策が取れます。従業員についても解雇や賃金の引き下げなどに対する理解を得やすくなります。選択と集中、事業構造の改革が行いやすくなります。

選択肢を増やすためにも、早い段階から専門家に相談してほしい

――事業再生、倒産にM&Aを活用する社会的意義とはどんなものでしょうか。

 事業再生、倒産案件というのは、優勝劣敗である資本主義社会における必然的な事象です。社会全体として見れば、企業の新陳代謝は起こってしかるべきです。経営者としても、自社についてそのようなことがあり得ることを覚悟しておくべきです。
 会社経営を登山になぞらえると、経営者が頂上を目指して歩みを進めても、時には天候の悪化などの外部的な変化、体調の不良などの内部的な変化により、このままでは頂上まで行けそうにないということが起こるものです。事業再生や倒産処理は、そのような時のエスケープルートです。登頂が困難になっているにも関わらず、無理に登山を続けると、みんなで遭難してしまうことになりかねません。時には、勇気を持って登頂を断念することも必要です。無事に下山し、自分や仲間を守ることができれば、再挑戦することもできます。
 その判断は、もはや引き返せないほど状況が悪化する前に、早期に行う必要があります。ぎりぎりまで引き延ばすと選択肢が少なくなってしまいます。
 対応が手遅れになってはいけません。例えて言うならば、既に病状がかなり悪化して即入院という段階まで手を打たないのではなく、健康診断で、日頃から健康をチェックしておき、不具合があれば早期に対応できるようにする、ということです。日頃から会社の状況を正確に把握しておけば、何かあった時にはすぐ対応することができますし、先手を打って対処することもできます。そのためにも、ぜひ早い段階から専門家に相談してほしいと思います。

著書紹介

『よくわかる中小企業の継ぎ方、売り方、たたみ方』(ウェッジ刊)
松村正哲・荒井邦彦・高野総合会計事務所 (著)
会社経営を卒業してハッピーリタイアメント! 
事業承継、M&A、廃業―会社経営の“終活”がよくわかる1冊。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4622

取材・文:下原 一晃