振り返れば、ここにも……

 太平洋戦争開戦の直前の1941年8月、岩手殖産銀行は3行が合併して生まれた陸中銀行を吸収合併することになる。この県内金融界の集約の背景には、当時、国が進めてきた「1県1行主義」と、戦費の集積を促進する戦時金融体制があったのだろう。

 その勢いのまま、岩手殖産銀行は1943年、岩手貯蓄銀行を吸収合併した。その岩手貯蓄銀行の創立は1921年、盛岡貯蓄銀行という名称でのスタートで、大正期にさかのぼる(岩手貯蓄銀行に改称したのは1935年)。

 その盛岡貯蓄銀行は、1927年に新社屋を完成させた。設計したのは岩手銀行赤レンガ館を辰野金吾とともに設計した葛西萬司である。

 その新社屋は現在、盛岡信用金庫の本店になっている。その本店も、盛岡市中ノ橋通にある。岩手銀行赤レンガ館を訪ねる機会があったら、ぜひ、レンガ館の斜向いを振り返ってみてほしい。そこに、もう1つの葛西萬司の作品がある。界隈は昔も今も“盛岡のウォール街”と呼ぶにふさわしい賑わいを見せている。

文:M&A Online編集部