岩手の金融史100年を彩る資料館・展示館

 赤レンガ館が完成したのは1911年。それから100年余りの2012年まで、赤レンガ館は盛岡銀行、岩手殖産銀行、岩手銀行の本店・支店として利用されてきた。

 設計を手がけたのは日本銀行本店や東京駅などを手がけた辰野金吾と、盛岡出身の設計建築家・葛西萬司。辰野金吾が手がけた作品は金融機関の本店をはじめ全国にあるが、赤レンガ館は辰野金吾が手がけた作品として東北地方で唯一現存する建物である。

 赤レンガと花崗岩の白のコントラスト。圧するような塔を配置した立体感のある造り。その重厚さは、まさに銀行の本店に求められる造形だ。辰野は設計の頑丈さから“辰野堅固”などとも呼ばれたようだが、東京駅などにも似て、設計に詳しくない人でも辰野金吾の作品だとわかる。ちなみに、外装のレンガは岩手産で、内装には隣県の青森ヒバが使われているという。

 赤レンガ館は当初、盛岡銀行の本店として活用されていたが、前述のように1933年に盛岡銀行は営業免許の取消しを受ける。そこで1932年に設立された岩手殖産銀行が、1936年に赤レンガ館を買い付け、本店とした。その際に、赤レンガは白く塗装され、当時は「白い明治館」と呼ばれていたという。

レンガ館の内部。アーチ型の装飾も美しい(A.kiyoshi / PIXTA)

 「白い明治館」が赤レンガ館に戻ったのは1958年のこと。その2年後の1960年、岩手殖産銀行は岩手銀行へと商号を変更した。さらに約20年の歳月が過ぎ、1982年に岩手銀行は創立50周年を迎え、1983年に盛岡市内の別の地(中央通)に本店ビルを構えた。そのとき、赤レンガ館は岩手銀行の中ノ橋支店となる。

 赤レンガ館は、現役の銀行の営業店舗である建築物が初めて国の重要文化財に指定されたことでも知られている。指定は1994年の年末のことで、当時は赤レンガ館とは呼ばれておらず、岩手銀行の旧本店本館という名称だった。

 2012年には、岩手銀行中ノ橋支店が隣接地に移転した。そのとき、赤レンガ館の営業店舗としての役割は終了した。そして2016年7月、正式に「岩手銀行赤レンガ館」という名称の施設としてオープンする。現在、赤レンガ館は、観光・イベントスポットとしてはもちろん、岩手の金融史に関する文献も数多く所蔵し、展示されている。まさに、岩手の金融史100年を彩る資料館・展示館である。