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Payment から平和を考える|金融・経済の英単語

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PayPay(ペイペイ)やLINEペイなど、現金で支払うよりオトクなスマホ決済が話題となっています。今回は支払を意味する「Pay(ペイ)」と同じ語源から派生した「Peace(ピース)」の成り立ちをご紹介します。

「平和にする」ということがなぜ「支払う」という意味に転じたのでしょうか?

◆ ◆ ◆

balance という英単語は「バランスをとる」など、日本語でも既に広く使われています。普通は「天秤、はかり」「釣合い、均衡」の意味が思い浮かびますが、金融業界では「差引残高」の意味で使われます。

「貸借対照表」balance sheet (B/S) は、日本語でもそのまま「バランスシート」と言いますね。balance of trade は「貿易収支」、balance of payment は「国際収支」のことです。これらの単語はアングロフランス語に起源をもち、元はラテン語 bi-  (2つの) 、lanx (尺度の皿)にさかのぼり「2つの尺度の皿をもつもの」という意味でした。

次に balance of paymentの "payment" (支払い)について少し深入りしたいと思います。私事で恐縮ですが、筆者は学生の頃、早稲田大学の尊敬する島岡茂教授に師事することがあって、言語学の面白さ、西洋文明の深さを教えていただきました。あるとき中世フランス語の文献に pacare (俗ラテン語の語形かも知れません) という動詞が出てきて、教授はこの動詞が pax (平和)というラテン語から派生したことを教えてくださったのでした。

「平和にする」ということがなぜ「支払う」という意味になるのか、当時はまったく理解できませんでしたが、教授は平然とおっしゃったのです。

「世の中、お金を払うとみな静かになるもんですよ」と。あまりにリアリズムにローマ人の凄さを感じたのでした。

能書きが長くなりましたが、ラテン語の pax に戻りましょう。実はこの単語は堂々と英語の辞書に載っています。有名な表現で Pax Romana (パクスロマーナ;ローマの平和)、 Pax Americana (パクスアメリカーナ;アメリカの平和) を知らないビジネスマンはあまりいないでしょう。後者は前者をパロって70年代によく使われたのでした。

ラテン語の「平和」は、各国で少しずつ形を変え、イタリア語では pace、スペイン語では paz、フランス語では pair、そして英語で peace となったのでした。

「ピース」という両切り煙草はまだあるのでしょうか。考えてみると、戦後の日本の思いが込められたネーミングだったんですね。ボリビアの首都名は平和を意味する LaPaz (ラパス)です。きっとボリビアも昔戦争が絶えなかったのでしょう。ちなみに La はスペイン語の女性名詞につく定冠詞です。

さて、この pax から pacareという動詞が生まれ、現代イタリア語では pagare (払う)と音が濁りました。スペイン語ではさらに語尾の  -e が落ちて pagarとなり、フランス語では g の音が y に変わって payer 、この形からフランス語の動詞の不定詞 -er を取り去ると、英語の pay になります。

繰り返しになりますが、pay は「平和をもたらす」から「鎮める」、つまり「借金を返済し平和にする」という意味になったのです。pay の名詞形が payment です。平和になるとたいてい「協定」 pact を結びますね。

もうひとつこの仲間で重要な payable (支払うべき) という形容詞にも触れておきましょう。account payable が勘定科目の「買掛金」となるのは、おそらく皆さんもご存知でしょう。英語では -ify という語尾をつけると「~化する」という動詞になります。

pay の場合、 pacify (鎮める、和らげる)で、ここには昔の意味が色濃く残っていますね。ラテン語を知っている人だとなぜ -ify の前に -C- の音が入るのかお分かりだと思います。

「平和義者」は pacifist と言います。形容詞は pacific (平和な)です。皆さんご存知、野球の「パシフィックリーグ」のパシフィックですね。戦争中に両リーグがあったらどうしていたんでしょうか。「中央連盟」と「太平洋連盟」って呼んでいたんでしょうかね。

さて、 Pacific Ocean (太平洋)を思い浮かべた方はいらっしゃいますか。この「太平洋」という日本語訳を考えた人は偉いと思います。私なら「平和大海」にしてましたね。なんだかお相撲さんの四股名みたいです。

くだらないついでに聞いていただきたいのですが、「地中海」と訳した人(おそらく太平洋と同一人物でしょうか?)の見識には驚かされます。Mediterranean という語のなかから "terra" (イタリア語で「土地、陸」) と ”medi”の意味を汲み取っていたのですから。

文:猪浦道夫・天宮徹也(共同執筆)/編集:M&A Online編集部

猪浦 道夫 (いのうら・みちお)

ポリグロット外国語研究所代表。翻訳家。東京外語大学卒。イタリア政府国費留学生を経て同大学院修了。野村證券、旧日本興業銀行、ブリヂストン、キヤノン等において研修講師を務める。現在は、一般向けの「再チャレンジ英語セミナー」「9か国語の超速習セミナー」など多数のセミナーも主催。またブレークスルー大学、DHC主催の語学セミナー講師、DHC翻訳者新人コンテストの審査委員長を務めた。

著書: 語学界のバイブル的ベスト&ロングセラー『語学で身を立てる』(集英社新書)他、『英語冠詞大講座』(DHC)、『英語語彙大講座』(DHC)、『日本人のための再チャレンジ英語全6巻』(ポリグロット外国語研究所出版会)など。

ポリグロット外国語研究所のホームページはこちら
http://www.polyglot.jp/


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