投資銀行業務の「現場で求められる語学力」(下)実務で通用する英語力を身につけるには

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投資銀行業務の「現場で求められる語学力」(下)実務で通用する英語力を身につけるには

11カ国語の翻訳家として活躍され、数々の上場企業の語学研修講師としても知られる、ポリグロット外国語研究所代表の猪浦道夫先生と投資銀行勤務経験のある尾藤玲央氏(仮名)との対談です。

前回のお話では、TOEIC偏重教育が日本の語学力低下を招いているという興味深い提言でした。後編は、実際に現場で使える語学力を身につけるにはどうしたらよいのか、聞いてみます。

前回の記事はこちら

絶対誤訳をしないという緊張感と常なる勉強が必要

――猪浦先生は、金融機関の社員を対象とした企業研修も行っていらっしゃいますが、教鞭をとる立場から、現場の英語力をどう思われますか。

猪浦氏:1993年頃から15年間ほど、野村證券の第2外国語を任されていました。そのほか当時の興銀や長銀、外資系金融機関、ブリヂストン、ソニー、NECなどで研修を担当しました。キヤノンでは英語のマニュアル作成などを担当している部署に対し、翻訳力アップのための研修を行いました。

専門部署でやりたい人は、とにかく絶対誤訳しないという緊張感と常なる勉強が必要です。今は世界中、ロジックに解釈する学習がなおざりにされ、フィーリング英語がまかりとおる風潮にあります。これは、英語自体がフィーリングになりやすい言語だからです。

他の言語なら、ドイツ語であれば格変化や、フランス語の動詞変化のように、これが動詞でこれが名詞と分かりやすい。反面、英語の場合、たとえばhandsというようにぱっと見名詞だか動詞だかわからないので、文構造を慎重に見極める必要があります。つまり、平たく言うと英語は誤訳が起こりやすい言語なのです。最近は下手をするとgoogle翻訳の方がましということさえある程、英語の翻訳者のレベルも低下しています。

私の場合は、渉外弁護士事務所を経由してオフショア、特許、海外ビジネス関係の翻訳を多く引き受けていたので、門前の小僧何とやらで、自然と金融英語の翻訳に慣れました。

英会話は結局、高速の口頭作文にすぎません

――実務で通用する語学力を身につけるにはどうしたらよいですか?

猪浦氏:(語学力のアドバンテージとして)英文の契約書を書けるかどうかは大きい。相当の勉強が必要です。それくらい契約書は大変です。言葉を換えれば、英文をきちんと書ける人は誤訳しません。自分で書ける文章を読み間違うことはないからです。

よく「読み書きはできるけれど会話ができない」という人がいますが、それもありえないことです。本当に読み書きができるなら、MBAコースの授業で必要な会話力ならば、3か月程度でつけることができるでしょう。英語がどんなに苦手と言っても、例えば東大卒の人なら、仕事で米国なりに送り込まれたら会話は半年もあれば困らなくなるでしょう。それはなぜかというと、東大に受かるぐらいの人は、まがりなりにも東大の英語の受験で60点ぐらいはとれるに十分な語彙力と文法理解力があるからです。問題は音声訓練とある種の「慣れ」ですから、それなら会話ができないはずがありません。

――3か月程度で英会話が習得できるというのは、短い気がしますが

猪浦氏:英会話には大雑把に言って3段階のスピーチレベルがあるわけです。マクドナルドなどで用を足せる程度の日常会話レベル、学校で習う標準英語、専門家として金融業務などやっていく能力です。

実は、会話はスピーチレベルが高いほど楽なのです。専門用語はそこそこ単語が長いから(音節が多いから)聞き取りやすいわけですね。account receivable(編集部注: 売掛金勘定の意)は多少乱暴な発音で早く言われても聴き取れますよね。

逆にputとかitとかupとか、短い語は連続すると聞き取りづらい。(編集部注: put it up は速く発音されると「プディダ」とか「プリラ」に聞こえる。文脈によって「それを寄付する、それを賭ける」の意味になりうる。)

私が考えるに、会話は結局、高速の口頭作文にすぎません。ビジネスの世界では「言葉」は重要です。多少日本語なまりの発音で訥弁であっても、きちんとした英語を話す人はビジネスパートナーから信頼されます。従ってよい人間関係も築け、ビジネスもスムーズに行く確率が高まります。いろいろなビジネスの場面を見てきましたが、それが私の結論です。

――部署や立場によっても必要な語学力は異なりますか?

尾藤氏:ジュニアとかシニアといった区別はありません。できる人にやってもらうというスタンスでした。たとえば私の職場ではシステムがインド人でしたし、その他にも中国人や、数字に強いロシア人など、適材適所で働いている感じでした。

当時は、M&Aといっても誰もが行きたいと憧れる職場ではなく、来る者拒まず、という状況でした。いまでは給与が良い等の理由でM&A業務を志望する人も増え、TOEICなどによる選別ができるようになりましたが。私の入社当時は、外資系の仕事をしたい場合は面接官とのやりとりで実力を測られました。今は、やはりTOEICが主流ですね。

入行後は、語学力を磨くための勉強をするというよりも、「自分が得意なところで勝負する。自分が1000時間勉強しても敵わないくらい、得意なやつがいれば任せてしまう」方針でした。分業、そしてチームワークの大切さが問われる職場でした。

猪浦道夫先生

金融英語に決算書の理解は重要

――採用のボーダーラインは高いイメージがありますが、行員の語学力も相当高いのでしょうか?

猪浦氏:私の場合、企業研修を担当したのは1993~2008年くらいでしたが、当時の受講生のレベルはピンキリでした。海外に赴任する金融機関の場合は、たしかに語学は苦手という行員はいたものの、実力は概ねすいすいと伸びました。大手商社では、教養のための語学研修も行いました。

尾藤氏:外国の企業と、面と向かって英語で折衝するという場面は多くありません。海外といっても日本企業の進出先なので、現地にも日本人の担当者がいたりしますから。英語を勉強して赴任しても、英語を使うシビアな交渉や契約書作成の場面はあまりないようです。

猪浦氏:英語の企業研修といえば、最近外資系人材派遣会社の依頼で派遣社員のレベルアップセミナーなどしたことがあります。これは15人位が対象で、帰国子女を含む英語、英文学専攻科出の女性が主でしたが、メール書きの他、英語の決算書、スペックの単語訳などが主な業務のようでした。

尾藤氏:決算書の理解は重要ですね。以前、決算書のデータを打ち込んでおいてと頼んでおいたら、長期負債がすべて資本になっていてこれは違うだろうと。まあそういう見方をせざるを得ない会社でしたが。またヨーロッパのIFRSとアメリカのUS GAAPは根本的な発想が違う部分がありますので、単にイタリアの会社のバランスシートを英訳すると、見かけは似たようなものでも仕組みが違うのでまるっきり別のものになってしまいます。

――金融英語の場合、字面の読解だけでなく、裏付けとして専門知識が問われるわけですね?

尾藤氏:簡単な単語でも訳が5,6つと異なるのはよくあることです。たとえばcostという単語1つでも、訳すと「原価」、「経費」、「価格」、「値段」、「コスト」と。「値段」と「価格」など同じように思えても、業界によっては「値段」ではいけないというケースもあったりします。引当金を積んでいるだけなのか、実際に売って物理的にもうないのかとか。我々の感覚だというまでもないような単語が、完全に違う意味になったりします。

比較的会計基準が似ていると言われる日米間でもありました。例えばキャッシュフロー計算書ですが、たとえばノンバンクだとお金を借りてきてそれを貸すわけですが、日本の会計基準だとこの借りてくるお金が財務キャッシュフローに入り、営業キャッシュフローには貸す方しか入らない。そうすると営業キャッシュフローがいびつでマイナスなのでまともな会社でも非常に業績が悪く見える。逆も然りです。単なる日本語と英語の字面だけを表面的に訳してしまうととんでもないことになるので、金融の現場ではここまで調べて理解した上で仕事をしてもらわないと困るわけです。

猪浦氏:settlement のように、金融用語事典を引くと「解決、決算、支払い、清算、処分、譲渡」などと訳語がたくさん載っていて、その文脈ではどれを使うべきか、現場を知らないと決定できないと言うことが、しょっちゅうあります。

たとえばフランス語では「株式会社」のことを société anonyme と言うのですが、うっかり英語でそれを直訳すると「匿名会社」になってしまいます。つまり制度が違うためにカウンターパートがないというのが一番困りますね。

普通の翻訳会社に出しても金融に長じた翻訳者などフリーではなかなかいませんし、しかも料金を値切っているのですから、いい翻訳が出るはずがない。この種の翻訳で大事なものは、コストがかかっても社内のスタッフで英語のできる人にやらせたほうが、結局はよい結果が出ると思うのですが、そのためにもビジネスパーソンにはやはり高度な読み書き能力が必要だと思います。

未経験での転職には語学力より得意分野を掘り下げよ

――未経験での転職希望者については、語学力があれば採用可能なのでしょうか?全く異なる世界に飛び込むうえで、英語力は武器になるのでしょうか?

尾藤氏:クロスボーダーのM&A案件でなければ、それほど英語力はいらないように思います。上司が外国人だったら別ですが。なお、客に対する英語力と上司に対する英語力とでは異なります。ボーナスに際してなど、業務とは別の場面で、「自分はすごいんだ」と表現する交渉力も重要です(笑)。しかし10数年前とは違い、最近では中規模のM&Aだと営業力の方が語学力より大事なのでは、という気がします。

猪浦氏:金融英語がそこそこできると、外資系を中心に翻訳の仕事にはつながりやすいです。人手が足りない状態ですから。現場を知らないとできない翻訳が多く、それに精通している人は本当に少ないと思います。MBAを出て英語がよくできる人にとっては1つの選択肢でしょう。実際、今、翻訳の業界で年収1000万円を稼げるというと特許か医薬か金融でしょう。「金融が好き」「日経新聞が面白い」「株などの投資に興味がある」、そういった女性は翻訳をやるといいと思います。金融の翻訳でも、自分の得意分野をとことん掘り下げることは大事です。財務会計や管理会計とか。

尾藤氏:自分の経験でいうと、外資系金融機関では、転職:新卒の割合は9:1くらいです。仕事をしようと思えばきりのない職場ですが、最近は多少ましな労働環境になりつつあるようです。翻訳に限らず、転職というと自分の得意分野があるでしょうから、そちらを掘り下げることを勧めます。

――本日は有益なお話をありがとうございました。

取材・文:M&A Online編集部

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