小岩井ブランドを全国区へ押し上げた小岩井乳業

来客の応接・宿泊用、従業員の集会施設として建設された倶楽部

小岩井農場がなぜ、どのようにして、東北の原野の大規模農場から“全国区”の酪農・乳製品のナショナルブランドに育っていったのか。小岩井農場の経営戦略が奏功した功績が最も大きいが、岩崎家、すなわち三菱のバックアップも見逃せない。

小岩井農場の“株式会社としての沿革”をたどれば、まず、1938年に小岩井農牧株式会社を設立し、会社組織として農場経営を担うようになった。1965年には小岩井農産株式会社を設立し、1976年には乳業事業を分離し、キリンビール株式会社との折半出資にて小岩井乳業株式会社を設立している。

現在、農場経営を担う小岩井農牧のグループ会社には、下表のような会社がある。

社名概要
小岩井農場商品100%出資で小岩井農場の素材使用の商品を中心とした製造・販売事業を行う
小岩井ファームダイニング100%出資で、レストラン事業ならびに商品の店舗販売を行う
小岩井農産100%出資で、人材活用ビジネス事業、建設事業、産業廃棄物収集運搬業、飼料調達事業、生保・損保代理店事業等を行う
小岩井乳業キリンビール株式会社と折半出資により設立した乳業事業会社
岩手モクアート小岩井農場、岩手県森林組合、雫石町の共同出資により第三セクターとして設立
フォレストサービス県林業認定事業体として、植林から伐採までの森林の仕事や木材加工等を請け負う
バイオマスパワーしずくいし三菱重工業株式会社、東北発電工業株式会社、東京産業株式会社、雫石町の4社1町の共同出資により設立
現在は倉庫として使用されている乗馬厩

これらグループ会社のうち、小岩井農牧をはじめ、本店所在地が東京にある小岩井ファームダイニング、小岩井乳業については、東京・丸の内の三菱ビルに所在している(登記上の所在地も含む)。

小岩井農場はその設立から今日にいたるまで、三菱のバックアップを受けて成長を続けた。だが、単純に右肩上がりの成長を遂げてきたわけではない。創業間もない1899年、志は高いものの経験に乏しかった井上勝による農場運営は、早くも経営不振に陥った。その苦境を救ったのは、当時、三菱を率いていた岩崎彌太郎の長男・岩崎久彌だった。久彌は三菱3代目の社長で、小岩井農場の事業を継承する。

さらに、“小岩井”を全国ブランドに成長させた小岩井乳業の設立時に出資を折半したキリンビールも三菱グループの重鎮企業である。