三重県では百五銀行をトップに、三重銀行と第三銀行が追随するような関係が長らく続いた。だが、2021年5月に三重銀行と第三銀行が合併し三十三銀行が発足して以降、トップ行を2地銀が追随するという関係が変わった。
加藤商会は現存する会社ではないが、往時は名古屋港を出入りする外米の8割を取り扱っていたとされる尾張きっての米商社だった。創業者は名古屋財界の重鎮といわれた加藤勝太郎である。勝太郎は1885(明治18)年に愛知県中島郡大里村(現稲沢市)で生まれ、名古屋商業学校(現名古屋市立名古屋商業高等学校)を卒業し、兵役を経て二十歳を超えた頃に貿易商を志して単身、香港に渡った。中国や東南アジアの国々を見て周り、時計などの商品を買い付けては販売した。
地方銀行が南都銀行のほかにない奈良県で、大和信用金庫(やましん)、奈良中央信用金庫(ちゅうしん)、奈良信用金庫(ならしん)の「奈良3信金」は地域金融として欠かせない存在だ。大和信用金庫が最も規模が大きいが、「圧倒的に差がある」というものでははない。いずれも県北の奈良盆地を中心に、地域密着を旗印にしのぎを削っている。
わずか8年で営業休止になったモノレールが姫路市(兵庫県)にある。先行開業のうちに急速に潰えたためか正式な路線名ははっきりしないが、通称は姫路モノレール。姫路市内の姫路駅と手柄山駅間1.6kmを結んでいた、かつての姫路市交通局(現姫路市企業局交通事業部)の鉄道路線だった。
山梨県も第二地銀のない県の一つだ。ただし、創業100年レベルの老舗信用金庫が2社ある。一つは2018年に創業100周年を迎えた「こうしん」、甲府信用金庫。もう一つが来年、2026年に創業100周年を迎える「やましん」、山梨信用金庫である。
箕面温泉スパーガーデン・箕面観光ホテル。その歴史を見ると、阪急創始者小林一三の経営への意気込みと、いくつものM&Aが繰り広げられてきたことがわかる。
地銀再編が進み、徐々にではあるものの“1県1地銀”が浸透してきた。長野県も、その一つだ。かつては県内に八十二銀行(長野市)と長野銀行(松本市)が存立していた。だが、2023年6月に長野銀行は株式交換により八十二銀行の完全子会社となる経営統合を行った。
尾小屋鉱山。最盛期には日本有数の銅生産量を誇ったとされる北陸を代表する鉱山だった。現在は県立尾小屋鉱山資料館が置かれ、坑道はマインロードと称して観光整備がされている。
但馬銀行という名は金融史の中で3度登場している。一つは1920(大正9)年から1924年まで、温泉で有名な城崎(兵庫県)に存立していた但馬銀行。続いて1928(昭和3)年から1941年まで存立した但馬銀行。この但馬銀行は甲子銀行を前身とし、1941年に但馬地方の8金融機関によって全但銀行として新立合併した。そして最後に、1956年に香住銀行から改称した但馬銀行である。
新潟県長岡市に「摂田屋」という土地がある。特定の家・屋号のことではなく、長岡市にある地名だ。この摂田屋は中山道の高崎宿(群馬県)から寺泊宿(新潟県)を結び上杉謙信の関東遠征の際にも利用された旧三国街道に面し、新潟の中でも古くから酒や味噌、醤油などの醸造が盛んな地域だった。