巨額の税金を投入する予定の官民ファンドの産業革新投資機構(JIC)が発足からいきなり躓いています。報酬をめぐるボタンの掛け違いがブレイクの契機になったようです。報道されている一連の流れを確認する限り、経産省をはじめとする政府及び経営陣ともに、「きわめてお粗末」という印象です。

巨額の税金を投じる構想がこんなにも雑なプロセスで進められていることに、イチ納税者として憤りを感じざるを得ません。今回のコラムでは、若輩者ではありますがこの問題について敢えて辛口に切り込んでみたいと思います。 

何のためのファンドか

この問題の所在はなにか。ひとことで言うならば、「何のためのファンドか」という投資ビジネスの根本的な概念がなにもまともに決まってないように見えることです。

ファンドの基本構想と、投資戦略、それにふさわしい報酬体系。これらはすべて本来密接不可分に関係しています。これらのファンドの基本構想も決まらず、報酬も決まらず、したがって明確な投資戦略も決まっていない。そのような状況下でなぜ政府は人集めができてしまうのか。そして声がかかった人はなぜこれを引き受けることができてしまうのか。かなり理解に苦しみます。 

結局のところ、政府が肥大化した政府系ファンドの延命ありきで考えていたからでしょう。 また、そんな緩い構想のオファーを受けた人は、「政府系ファンドの役員」という世間体の良さそうな体面と、なにをやるのかよくわからないけどとりあえず高額の待遇オファーが心地よかったという程度のことではないかと思わざるを得ません。 

本気でコミットするつもりがあるなら、巨額の報酬には大きな権限と同時に公的な責任が伴うことを即座に強く意識せざるを得ないはず。従って報酬に応じた責任について、すぐにでも明確な確認を怠らないはずです。そこがうやむやなまま話が進んだこと自体、当事者双方の意識の低さが垣間見えます。

ファンド設計の基本はGPとLPの最適構成

では具体的に、この構想のなにが問題なのでしょうか。一般報道を読み解く限り、結局政府は実質的にGP(General Partner)として(またはそれに近いスタンスで)ファンドに関わるべきとの考えがあったようです。一方で、役員側は政府はあくまでLP(Limited Partner)として関わるべきだと考えていたということになるでしょう。 

ファンドビジネスのスキームを詳細に解説するのは本稿の趣旨ではないため、GPとLPの詳細な説明は割愛します。ここではざっくりと、GPとは「金も出す分口も出す」ファンド運用の主人公で、「金は出すからあとは任せる。結果(リターン)で返して」というファンドの顧客の立場がLPと捉えます。

政府がGPというファンド設計はあり得るのか

今回の混乱の原因が、政府の立場(GPなのかLPなのか)におけるボタンの掛け違いであるという仮定が正しい場合、本来あるべき姿はどちらなのでしょうか。政府はファンドにGPとしてかかわるべきでしょうか。LPとしてかかわるべきでしょうか。

これにはそれぞれ言い分があると思われます。血税を使う投資である以上、その投資については本来政府がGPとして積極関与(ガバナンス)すべき」というのが政府の主張でしょう。 

一方でファンドである以上、資金運用業であり、投資の目利きも含め、民間のプロに任せるべき、という考えに立てば、政府はLPとして関与することになるでしょう。双方それぞれ一定の理があるようにも思えます。どちらが望ましいのでしょうか。

政府は最大3割のLP出資まで。残りはGPが自ら集めるべきーーこれはあくまで個人的な考えにすぎませんが、政府がもしファンド事業にかかわるのであれば、やはりLP出資に限定すべきと考えます。ファンドである以上、リターンを出すことは至上命題です。

政府が自己の戦略(国家戦略)に基づいて、成長戦略に基づいた投資をするのであれば、それは投資の性格としては、ファンド投資というより、むしろプリンシパル投資です。そして、政府のプリンシパル投資とは、本来国会で予算を承認された財政投資で行うべきであり、これはすなわち伝統的な経済産業育成政策と本質的にはなんらかわりありません。この投資において重要なのは経済的リターンもさることながら、国益への貢献が最も重要な判断基準になるでしょう。

では、政府はLP投資家になるべき、という立場を是とした場合、今回の騒動の問題は結局どこにあるのでしょうか。