旧財閥の一角をなした片倉工業

1939年、富岡製糸場を合併した片倉工業は現在、創業140年を超える旧財閥系の企業である。諏訪湖の畔に湧く上諏訪温泉の有名な“千人風呂”を持つ片倉館の経営でも知られている。また東京(中央区京橋)にある東京スクエアガーデンは、旧片倉工業本社ビルなどを解体して生まれた超高層ビルである。

その片倉工業は、明治から昭和にかけて、蚕種と繰糸機の研究を重ねるとともに、次々と製糸工場をM&Aしていった。新設した工場もあれば、買収した工場もある。払い下げを受けた工場もあった。富岡製糸場は国営であったものをいったん三井家が払い下げを受け、それを合併したということだろう。同社の古い社史によると、金額面は定かではないが、1938年7月12日にまず富岡製糸場の経営を委任されるようになり、1年後の1939年9月30日に合併したことが記されている。

社史を見る限り、それは片倉工業の製糸工場M&Aの総仕上げの時期の出来事であったことがうかがえる。M&Aを重ねた片倉工業の傘下にあった工場数は、最終的に日本国内のほか樺太・朝鮮半島も含めて最大で62カ所に及んだという。

そして1994年、片倉工業は需要低迷や安価な輸入品の攻勢などを受け、熊谷工場を閉鎖する。熊谷工場は片倉工業が有していた最後の製糸工場であり、その年、120余年に及んだ同社の製糸業の歴史は幕を閉じることとなった。