国際会計基準(以下、IFRS)の適用は、①のれんの非償却、②信用リスク変動の純資産への反映、③減損損失の戻し入れ、④債務超過子会社の損失分担、⑤退職給付債務の数理計算上の差異の取り扱いの5点において、主に日本国内で事業を展開し、資本も日本国内で集めている比較的小規模な企業、いわゆる、ドメスティック企業にとってグローバルな大企業以上に大きなメリットをもたらすと考えられる。
一般に、IFRSは、グローバルなビジネス展開を行っており、全世界から幅広く資本を集める必要のある企業ならばともかく、日本企業の大多数を占めるドメスティック企業には適していないと評されることが多い。また、従来の日本基準に精通した経営者や会計実務担当者にとっては、なじみのないIFRSの適用は負担が重く、可能な限り避けたいと考えるのが本音であろう。こうしたIFRSへの根強い忌避感情がくすぶる中、金融庁は、IFRSの強制適用の是非などについては、未だその判断をすべき状況にない(当面、判断見送り)との方針を発表している。
現在の日本基準とIFRSとの相違点のうち、比較的損益インパクトが大きいと考えられるものの中に、いわゆるドメスティック企業にとってグローバル企業以上に有利に働くと考えられる要素を5点指摘することができる。すなわち、①のれんの非償却、②信用リスク変動の純資産への反映、③減損損失の戻し入れ、④債務超過子会社の損失分担、⑤退職給付債務の数理計算上の差異の取り扱いの5点である。
まず、のれんの非償却について検討する。日本基準では企業結合により取得したのれんは、その後の事業展開の成功、失敗にかかわらず償却しなければならないが、IFRSでは、のれんは償却せず毎期減損テストを行うとされており、企業結合後の事業展開が少なくとも減損を要しない程度に成功している限り費用処理する必要は生じない。これは、縮小する日本市場における生存戦略の上で特にM&Aの必要性が高いと考えられるドメスティック企業にとって大きなメリットであり、相対的にのれん償却費の負担が重くなりがちな小規模企業にとって相対的により大きなメリットとなり得る。
次に、信用リスク変動の純資産への反映について検討する。社債を発行し、時価のある負債で資金調達を行っている会社において、業績が悪化して信用リスクが高まると、社債の市場金利は信用リスクの上昇を織り込んで上昇し、社債の時価が低下する。その結果、社債の時価総額は発行体企業の返済義務額を下回ることとなる。日本基準では、このような負債の時価変動は会計上一切考慮しないが、国際会計基準では、こうした負債の時価変動をその他包括損益に計上することとなる(ただし、リサイクリングは禁止されているため、損益計算書に負債評価損益が計上されることはない)。これは、業績悪化時に純資産の縮小を緩和する効果があり、一般に財務構造の安定性がグローバル企業と比べて相対的にもろいことが多いドメスティック企業にとってこそ相対的に大きなメリットと考えられる。
続いて減損損失の戻し入れについて見てみたい。日本基準では、いったん計上した減損損失は、対象資産から生じるキャッシュ・フローが健全化を果たした後も戻し入れされることはないが、IFRSでは、のれんの場合を除き、減損損失計上の原因となった事象がなくなった場合、減損損失を計上しなかった場合の適正な減価償却費を控除した適正な簿価まで減損損失を戻し入れることとされている。これによる損益改善効果もさることながら、当該事業の担当者にとっても、業績改善の目に見える目標として、やる気を喚起する副次的効果も考えられる。こうしたメリットは、相対的に規模の小さいドメスティック企業に、より大きなメリットとなると考えられる。