2008年、プロ向け市場制度として東京証券取引所にTOKYO PRO Marketという新市場が生まれた。それから10年ほどの間に、いくつもの個性的な企業が上場を果たした。碧(へき)もその1社で、2013年に上場を果たした。本社は沖縄県那覇市。「どこにも負けない『おもてなし』を届ける、どこにもなかったステーキレストラン」を旗印に、大阪、東京へと事業を拡大している。

地に足のついた着実な店舗展開

「お客さまに満足感をご提供する」が同社の理念。ユニークなのは「スタッフ全員が女性」であることだ。一般に女性の体温が一定ではなく周期もあり、そのため、料理人には不向きといわれてきた。特に、食材を直接手で握る寿司職人にはその傾向があったかもしれない。そうしたかつては“男の世界”ともいえた料理人・シェフ、調理スタッフを全員女性社員としたのが碧だ。

碧の創業は1999年6月で、飲食業としては20年のキャリアがある。まず、那覇市に「鉄板焼ステーキ レストラン碧」を開業し、2001年には法人化して有限会社となった。翌2002年には那覇のメインストリートである国際通りに2号店を開業。2004年には「とりひろ」という沖縄赤鶏と沖縄豚のあぐーをメインとした別業態の飲食店を開業した。

株式会社に組織変更したのは2005年のことだ。以後、着実・堅実に那覇市内の主要地に店舗を増やし、2006年には本社を移転し、研修センターを開設した。2015年には再度、本社を移転する。現在の本社である。その社屋には1階に「鉄板焼ステーキレストラン碧」と新業態の「しゃぶしゃぶ紺」がある。

2階から上階には本社機能のほか、社員研修センターなど人材育成施設を設けた。社屋を全体として捉えれば、女性スタッフを正社員として採用し、本社内の研究センターと実地店舗で教育していく。そうした一拠点での教育研修体制も、チェーン各店に採用・育成を任せがちな従来の飲食チェーンとは異なるものといえそうだ。

東京・銀座、大阪・梅田に進出したのは2010年代前半。同時期の2013年6月にTOKYO PRO Marketに上場を果たした。多店舗化・多業態化といっても現在は3業態で7店舗。うち5店舗は沖縄にある。

都内では急成長を果たしたステーキ・チェーンの統廃合のニュースが飛び交っているが、同社は急激にチェーン展開するわけではなく、あくまで着実・堅実な事業展開を続けてきた。それも同社における「おもてなし」の1つの表れかもしれない。

社長と専務の“パートナー経営”

創業当初、碧の社長は西里弘一氏だった。だが、個人事業の頃から同社を育て、現場の女性スタッフを育ててきたのは上場当時は専務だった奥間弘子氏のようだ(現在は奧間氏が代表取締役)。当時のガバナンス報告書を見ると、資本構成(大株主の状況)では奥間氏、西里氏ともに株式の45.7%を保有している。支配株主や親会社を置かないスタイルでのスタートだった。

奥間氏は、創業の思い、「おもてなし」のあり方について、日本証券取引所グループが運営する上場会社トップインタビュー『創』で、次のように語っている。

「お客様に喜んでいただく。そのために、沖縄の食材を『いかがですか?』と出したいと思い、ご飯も炊き立てをお出しする。そんな気持ちのこもった料理とサービスのお店にしたいと思った。また、おもてなしを商売では考えず、それは自分の家にお友だちが来たときに、『いらっしゃい』と迎えるウェルカムの気持ちと一緒。この気持ちを発揮するには、女性が向いている」(要約)

奥間氏のこの創業の思いを西里氏が支え、創業の頃から経営面・マネジメントを担ってきたということだろう。

その西里氏は、地元企業の琉球信託(現琉信ハウジング)に長く勤務。その実務経験を生かし、経営の舵取りを担ってきた。だが、西里氏は2018年4月に琉球海運グループの外食部門であるスター沖縄の代表取締役に就任。現在、那覇市にある星乃珈琲店那覇オーパ店はスター沖縄が最初に開業した喫茶店チェーンだ。

2019年9月現在、西里氏は碧の経営を離れているようだが、西里氏が保有する碧の株式は45.7%と変動はない。奥間氏も同じ持ち株比率である。ただし、上場当時に比べれば、法人保有の株式と外国人株式保有比率が増えている。