不祥事発覚からM&Aへ

 2015年は、東芝の不適切会計やフォルクスワーゲン(以下、VW)の排ガス不正問題など、世界的大企業の不祥事が相次いだ。VWはまだ渦中にあるが、東芝は「新生東芝アクションプラン」を発表し、事業再編の緒に就いたところだ。いずれにしろ一度失った信用の回復には時間がかかることは間違いない。

 東芝は、粉飾決算の訂正によって自己資本が“棄損”し、さらには収益性が“低下”した。ただ、本来あるべき数値に改めただけなので、実は、自己資本が“棄損”したわけでも収益性が“低下”したわけでもない。業績の悪化が望まぬ形で明らかとなり、結果として下記のような事業の譲渡やグループ企業への承継、また早期退職、人員再配置など、大きな痛みを伴う改革を強いられた、というだけだ。経営陣が、直視すべき数値から目をそむけず早い段階で手を打っていれば、事業の見直しはやむを得なくとも、日本を代表するブランドに泥を塗ることはなかっただろう。

 再建の一環として東芝は、ソニーに半導体製造設備を売却したほか、NAND型フラッシュメモリーを除く半導体事業についても売却を検討していると聞く。映像事業については自社生産からの撤退に合わせて一部工場を売却すると発表。医療機器の東芝メディカルの売却には、10社が1次入札に参加したとメディアが報じている。希望退職を含む約1万人規模の人員削減も進んでおり、勤めている人たちにとっては人生を左右する大きな事件だ。

 過去にも世間を騒がせた事件がある。不祥事発覚からM&Aに至った事例をいくつか掘り起こしてみたい。

発覚年 企業名 不正理由 経緯
1988年 リクルート 贈収賄 創業者の江副浩正氏が地位を追われ、92年に持ち株を譲渡、ダイエーの傘下に入る
1997年 山一證券 損失隠し 自主廃業後、メリルリンチ日本証券へ社員が集団移籍
2000年・02年 雪印 集団食中毒、牛肉偽装 相次ぐ不祥事に雪印食品は再建できず解散、関連会社を相次いで売却。市乳事業は日本ミルクコミュニティに分社化
2004年 カネボウ 粉飾決算 粉飾発覚から2カ月後に上場廃止。繊維事業はセーレンへ、化粧品部門は花王に売却するなど事業整理を行い、07年6月に解散
2006年 ライブドア 粉飾決算、風説の流布 一連の不祥事を経て事業子会社の全てを売却し、11年8月に解散。ライブドアは10年にNHN Japan(現・LINE)が買収

■リクルート(88年)

●概要

 創業者の江副浩正氏が自社の政財界における地位を引き上げる目的で、株式公開を控えた関係会社リクルートコスモス(現・コスモスイニシア)の株式をキーパーソンに譲渡し、上場後に多額の利益を得るよう便宜を図っていたことが88年に発覚し、日本を揺るがす大事件に発展した。当時、未公開株式は値上がり確実と言われていたが、上場後に得たリクルートコスモス株の多額の利益が賄賂と認定された。世にいう「リクルート事件」である。その結果、リクルートやリクルートコスモスの社会的信用が地に落ち、江副氏は会社を去ることになる。折からのバブル崩壊の影響もあり、リクルート単体だけで約1兆4,000億円の負債を抱えたリクルートは、優良事業や所有ビルの多くを売却せざるを得なかった。
 また、江副氏は92年に自身が保有するリクルート株をダイエーに譲渡(※14年上場時に506万株を保有していたことが判明)。ダイエーが筆頭株主となり、リクルートはダイエー傘下に入った。

●その後

 リクルートは驚異的な収益を上げ、巨額の債務を利益で返済し、15年には株式公開を果たした。その過程で今度は筆頭株主のダイエーが経営危機に陥り、リクルート株を譲渡するが、これによってダイエーが助けられるというのは皮肉な話である。ただ、創業者の不正や大株主の経営危機を、従業員たちが獅子奮迅の活躍で挽回した事例といえるだろう。なお子会社のリクルートコスモスは、05年にユニゾンキャピタルに買収(MBO)されているが、これは不祥事とは無関係である。