山一證券は当時業界第4位で、いわゆる4大証券の一隅を占める企業だったが、売り上げ拡大のため、財テクに走った大手企業の運用資金に着眼。営業特金(顧客から資金を預かり一任勘定で運用するもの)に営業をシフトしたが、バブル崩壊で営業特金が1300億円の含み損に転じる。山一證券はこの損失を「飛ばし」で処理した。「飛ばし」とは、含み損の出た金融資産を自ら設立したペーパーカンパニーに売ることで簿外債務として処理する不正処理で、西日本新聞のスッパ抜きで問題が表面化した。全国の支店に払い戻しを求める客が殺到し、97年11月に自主廃業して倒産した...