では、M&Aを検討する過程で「不正会計」「粉飾決算」といった「不適切会計」が見つかった場合、破談の原因になるのだろうか。
私の経験上、「不適切会計」は、中小企業の決算書にはつきものである。程度の差はあるが、会計監査で要求される水準で厳密に検討する場合、中小企業の決算書が、いわゆる日本で一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principle)に完全に準拠しているケースは、ほぼ無いと認識している。00年前後の会計ビッグバンを契機に、日本GAAPは大きな変貌を遂げ、それ以前の法人税法にのっとった会計処理からの乖離(かいり)傾向が顕著となった。日本GAAPにのっとった会計処理を行うためには、それ相応の事務負担が発生する場面も多く、事務負担能力が相対的に低い中小企業が、GAAPに準拠した適切な会計処理を行うことは簡単ではない。
そのため、買い主も「不適切会計」の存在自体は当然のこととして受け止めながら交渉を進めていくことになり、財務DDでも「不適切会計」が存在するかどうかはあまり重要ではない。
では「不正会計」「粉飾決算」はどうか?
誤解を恐れずに言えば、M&Aの過程で「不正会計」「粉飾決算」の存在が発覚しても、必ずしも重要な問題になるとは限らない。なぜなら、M&Aで最も重要なのは将来であり、過去ではないからだ。
過去の行為について、お互いが納得して受け止めることができる内容であれば、解決不能な問題とはならない。ただし「不正会計」「粉飾決算」は意図的な行為になるので、なぜそのようなことになったのか、売り主は情報を開示して買い主に説明することが重要であり、その程度が買い主にとって許容範囲内であることが前提になる。
東芝問題を巡る報道は、「不適切会計」=善悪不明、「不正会計」「粉飾決算」=悪という位置付けがなされていたように感じる(ここでの善悪は、法律用語としてではなく、道徳的意味である)。しかしながら、悪の度合において、「不適切な会計処理」<「不正会計」「粉飾決算」という定義がある訳ではない。主観的にはなるが、故意であっても仕方ないと許容されるものもあれば、故意でなくても、結果的に重要な悪影響をもたらすものもある。
会計処理に限った話ではないが、同じ事実があったとしても、人によって受け取り方はさまざまだ。それをどのような言葉で表現するかはもちろん重要だが、M&Aの実務に関わる公認会計士の立場から言えることは、実際に何をしたのか、事実を明らかにすることの方が重要だということである。
文:新井康友(公認会計士・税理士・行政書士)
公認会計士・税理士・行政書士
3Aアカウンティング合同会社 代表社員
1976年東京都江東区生まれ。99年3月早稲田大学商学部卒業。同年4月、青山監査法人 (PricewaterhouseCoopers)入社。その後、コンサルティング会社にて、中小企業を中心とする財務デューデリジェンス、事業評価などのM&A取引支援案件を多数経験。2010年独立開業後は、従来のM&A取引支援業務に加え、地元、東京都江東区において地域に密着した会計事務所として税務会計業務を行っている。密接なコミュニケーションを取りながら、シンプルでわかりやすい説明を行うことを信条とし、依頼者に喜ばれるサービスを心掛けている。