東京メトロ・小田急の代々木上原駅前にある名物書店・幸福書房(東京都渋谷区)が2018年2月20日に閉店した。1980年に岩楯幸雄店長が脱サラして開業、家族で切り盛りしてきた店舗面積わずか20坪(66平方メートル)ほどの小さな書店だ。
中小書店の品ぞろえは雑誌や出版取次会社が自動配本で送ってくる売れ筋の文庫、コミック、単行本がほとんど。狭い売り場で収益をあげるために、取扱商品を「売れ筋」に絞るのは当然の選択だ。しかし、書店でしか本を買えなかった時代は終わった。売れ筋商品は最寄りのコンビニエンスストアでも買えるし、アマゾンなどの書籍通販が普及して書店でマイナーな本を手配してもらう必要もなくなった。1999年には2万2000店以上あった書店も相次いで閉店し、2017年には1万2000 店と、ほぼ半減している。書店が1軒もない自治体は420市町村に上るという。
ところが幸福書房は品ぞろえが違っていた。売れ筋に偏る出版取次会社の自動配本に依存せず、岩楯店長が顧客におすすめしたい本を独自に仕入れて店頭に並べていたのだ。駅前の小書店が扱わない人文書や専門書といった「お堅い」書籍の品ぞろえが充実し、作家の林真理子氏や近隣の読書家たちから高い支持を受けていた。普通、こうした書店独自の品ぞろえは店主の好みが反映されるケースが多く、ニッチな顧客層に偏りがちだ。
幸福書房は顧客との会話を通じて、興味を持ってもらえそうな本を仕入れてきた。つまり自分の趣味を押し出して同じ趣味の顧客を誘導する「ニッチ型」ではなく、常連客の読書傾向に合わせた「顧客密着型」の販売戦略を取っていたわけだ。閉店を惜しむ顧客からは「なぜか幸福書房に来れば、思いもかけない良い本と出合えた」という声が聞かれる。いわばアマゾンなどが販売やサイト閲覧の履歴からおすすめの本を表示するリコメンデーション(推薦)サービスの人力版だ。
幸福書房は通常の小書店では7割に達する雑誌の売上比率を5割程度に抑えていたが、ここ10年ほどで雑誌販売が激減したため収益は悪化傾向だったという。収益の基礎を支えていた雑誌の不振を「人力リコメンデーション」の単行本販売ではカバーできなくなり、店舗の賃貸契約更新を機に閉店を決めた。
ただ、幸福書房のような人力リコメンデーション機能を売りにする書店は全国に存在し、書籍ネット通販や電子出版全盛にもかかわらず人気を集めている。英ガーディアン紙が「世界の素晴らしい書店ベスト10」に選んだ恵文社一乗寺店(京都市上京区)の元店長だった堀部篤史氏が開業した誠光社(同)や往来堂書店(東京都文京区)など、いずれも売り場面積が20坪弱の狭い書店ながら、幸福書房と同じ独自仕入れで話題になり、顧客も多い。「街の小さな書店が生き残るモデルケース」ともいわれている。
幸福書房の「取次の自動配本に頼らない独自仕入れ」というビジネスモデルが破綻したわけではない。雑誌の売り上げに代わる収益源を見つけるか、家賃負担が小さい郊外や地方であれば同様の経営は十分に成り立つ。現在、岩楯店長は収益の基盤を雑誌から喫茶に置き換えたブックカフェの開業を検討しているという。今回取り上げた3社のなかでは唯一、同じ経営者による事業復活の可能性がありそうだ。「幸福ブックカフェ」の開店に期待したい。
文:M&A Online編集部