【業界研究】「2024年問題」に揺れるトラック運送業界のM&A 買い手の注目ポイントなど解説

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新年度に入り、ドライバーの長時間労働を規制する「2024年問題」が現実となりました。経済活動の活発化やネット通販市場の拡大などで貨物量が増える半面、ドライバー不足から「物流危機」を懸念する声も出ています。その解決策としてM&Aに対する期待が高まっています。

【監修】株式会社ストライク コンサルティング部 部長 廣田尚登
大学卒業後、地元金融機関に勤務。主に法人営業を担当。2017年ストライクに入社。多様な業種のM&A支援実績があり、事業承継型M&Aのほか、中堅企業の戦略的M&Aなど幅広く手掛けている。2021年より現職。


トラック運送業者のM&Aが増加している理由

2022年3月期はトラック運送事業者の業績が大手を中心に増加または横ばいに改善しました。業界団体によると、主に燃料価格の下落が要因だそうです。しかし、これは大手の話。保有車両台数が少ない中小運送事業者では燃料費下落による恩恵が少なく、厳しい経営状況が続いています。

今後、景気拡大に伴う原油需要の増加や円安により燃料費が再び上昇することがあれば、値上げが困難な中小運送事業者の経営環境はさらに厳しくなりそうです。

トラック運送業界は車両保有台数10~20台までの中小零細事業者が72.1%を占め、経営基盤が弱いのが実情です。従業員1000人を超える企業は0.1%、1000社に1社しかありません。業界の56%を占める車両保有台数10台以下の事業者では、約55%が赤字を計上しているという報告もあります。

さらに中小事業者に追い打ちをかけているのがドライバー不足です。ドライバー確保のために人件費比率が上昇しています。それに加えて人手不足からトラックの実働率も低下するという悪循環に陥っています。

こうした状況が改善される見通しはありません。経営基盤の弱い中小トラック運送事業者が単独で生き残るのは、ますます厳しくなるでしょう。そこでM&Aによる事業規模の拡大を模索する動きが加速しているのです。

売り手側では大手運送事業者傘下に入ることでドライバー不足や労務問題の解消、下請けから脱却して荷主との直取引による運賃の引き上げを狙う中小事業者が増えています。

一方、買い手側でも規制強化された長時間労働を回避するためのドライバーと物流拠点を確保するため、中小事業者の買収が活発になっています。売り手、買い手ともに活発な動きが見られます。

トラック運送会社の企業価値をどう算出するか?

トラック運送会社の企業価値を判断する上で注意しなくてはならないのは、収益を拡大するためにトラックや倉庫、不動産などの設備投資に積極的なこともあり、企業価値の一部となる負債が拡大する傾向があること。

運送業では不動産を保有する企業が多く、不動産価値も無視できません。収益性指標だけでなく、不動産価値にも留意して企業価値を判断する必要があるでしょう。

では、具体的な譲渡金額はどのぐらいなのでしょうか?運送会社ではおおよそ「時価純資産+営業利益の数年分」が一般的。いわゆる「時価純資産+営業権法」で、決算書の貸借対照表の資産と負債の差額である純資産にのれん代(営業権=営業利益の数年分)をプラスする計算法です。

決算書上の純資産については資産価格を時価評価せず、買った当時の簿価のままにしているケースが多いようです。時価の純資産に修正した時価純資産を算定しておく必要があります。

運送事業のみを売却する場合は、「運送事業の資産+運送事業の営業利益の数年分」が目安となります。この場合の資産とは、主に保有トラックや倉庫などを指します。

買われる事業者の規模と実際の売買価格

買われる事業者で動きが活発なのは年間売上高10億円以下、トラック所有台数が80〜100台以下の中小事業者です。実際のディール件数では売上高5億円前後でトラック台数50台程度の事業者の売買が最も多く、買収価格は条件によって大きく変わりますが3億〜6億円の案件が多いです。

「2024年問題」で経営に危機感を持っている経営者が、M&Aによる事業承継を検討する傾向にあります。M&Aを実行するかどうかが別にして、検討すらしていない事業者は生き残りを諦めているか、決断を先延ばししているケースが多いようです。

買い手が注目するポイント

買い手は次のようなポイントに注目してM&A対象企業を探しています。

①ドライバー社員の平均年齢が若い
買い手の多くは中堅・大手事業者で、働く意志があればいつまでも働ける中小零細事業者と異なり60歳の定年制を導入しています。

例えば平均年齢が50代後半の運送会社を買収した場合、確保したドライバーの大半が数年で定年退職してしまい、人手不足の中で難しい採用活動を強いられることになります。2024年問題が現実となった今、ドライバーの平均年齢は最も気になるところです。

②労働時間などの労務管理や運行の安全管理がきちんとできている
中小零細事業者では運転手との契約が「口約束」のみで、書面化されていないケースも少なくありません。社会保険に未加入の社員や未払い残業代などの存在も確認しておかないと、買収後に想定外の費用が生じる恐れもあります。

買収した子会社がマスコミに報道されるような大きな事故を起こすと、親会社も社会的責任は免れません。もちろん顧客からの信用も失います。全社員に安全意識が浸透されていることも重要です。

③保有車両が新しい
保有トラックの状態も注目ポイントです。自社保有かリースかに加えて走行距離や燃費、開閉用トラックウイングの有無、トラックの大きさ、メーカーなどが細かくチェックされます。現在もトラックの新車納期待ちが続いており、買収で引き継いだ車両の耐用年数は非常に気になるところです。

売り手が注目するポイント

一方の売り手ですが、2024年問題解決のために「どうにかしなくては…」との気運が高まり、M&Aを選択するケースが増えています、とりわけドライバー不足は深刻で、「ある程度の給与を出せないと、他社へ転職してしまう」というのが業界の常識に。

M&Aによる事業規模の拡大で価格交渉力を向上し、運賃値上げを実現するしかありません。ドライバーに適正労働環境下で十分な給与を出せないとの危機感が、売り手にM&Aを決断させているケースが多いのです。

とはいえ、「買ってくれるのなら、どの会社でもいい」わけではありません。実は価格面のみで売却する相手を選ぶ経営者は少ないのです。売り手に選ばれる買い手事業者は、譲渡企業に対してリスペクトがある会社です。

売り手のオーナーは社会的評価も気にしています。「あんな企業に自分の会社を売ったのか」と、後ろ指をさされるのを嫌います。

いくらお金を積まれても、従業員を大切に扱わない企業には売らない傾向が強いのです。買い手側は「上から目線」ではなく、あくまで対等なパートナーとして接し、彼らの事業に対する「想い」や「プライド」を尊重しながら交渉に臨む必要があります。

もちろん引き継ぐドライバーをはじめとする従業員や取引先などの利害関係者への待遇や対応についても、十分に配慮したM&A提案も欠かせません。

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