お久しぶりです。公認会計士の岡 咲です。(ペンネームです。会員検索してもこの名前では出てきませんので、悪しからず。)
2021年3月1日、改正会社法が施行され、「株式交付」という手続きが新たに利用できるようになりました。今回は、この新たな制度の日本基準に基づく会計処理を見ていきたいと思います。
株式交付とは、会社法2条32号の2に「株式会社が他の株式会社をその子会社(法務省令で定めるものに限る。第七百七十四条の三第二項において同じ。)とするために当該他の株式会社の株式を譲り受け、当該株式の譲渡人に対して当該株式の対価として当該株式会社の株式を交付することをいう。」と定義されています。
簡単に言うと、ある会社が100%未満の持ち分で新たに子会社を取得しようとしたときに、自社株を対価とするための手続きです。
従来から、株式を対価として他の会社の株式を取得するための制度としては、「株式交換」と「現物出資」の手続きが用意されていましたが、前者については、他の会社を100%子会社化する場合に限定されており、非支配株主持分を残したい場合には使用できませんでした。後者については、100%買収でない場合にも利用できましたが、会社法上要求される手続きの負担が非常に重いため、実際に利用されるケースはまれでした。
そこで、株式交換と同程度の比較的簡便な手続きにより、100%未満の株式取得にも自社株を対価として使用できるようにしたものが、株式交付なのです。
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日本基準を適用する場合、既存の企業結合に関する会計基準が適用されます。
株式交付手続きは新たな制度ですが、取引の実態としては「自社株を対価として新規子会社を買収する」という話なので、会計基準は既存の内容でカバーされています。
つまり、会計処理としては、従来の株式交換の場合とほぼ同じ内容で、取得持分が100%未満であるというだけの違いになります。
それでは早速、実際にありそうな設例に基づき、会計処理を見ていきましょう。
A社の概要:
A社は、新興市場に上場する新進気鋭のベンチャー企業。市場のA社に対する期待が非常に強く、株価は極めて高く評価されており、市場での流動性も高い状態を保っている。しかし、研究開発投資に全力で資金を投入しているため、手許の現金は常にごく少額で、財務基盤もまだ脆弱であり、担保に供し得る資産もめぼしいものを持っていないことから、融資による追加資金調達は難しい。また、ロックアップに服する大株主の意向もあり、増資による追加資金調達も難しい。
B社の概要:
B社の株主は共同創業者のc氏、d氏、e氏がそれぞれ投資ヴィークルとして設立しそれぞれが100%株式保有する株式会社C社、株式会社D社、株式会社E社の3社であり、持ち分はCEOのc氏のC社が40%、システム責任者のd氏のD社が30%、財務担当のe氏のE社が30%である。c・d・e氏は、サービスをスケールするための経営方針をめぐって対立が生じていた。協議を重ねた結果、d氏とe氏は、引き続き経営にあたるc氏がふさわしいと考える買い手にそれぞれの投資ヴィークルが保有する株式をすべて売却することで合意が成立した。
株式交付の経緯:
c氏は、大きなシナジーが見込めることと、かねて親交があり今後も協力関係が築けそうであることから、A社にD社とE社の株式買取を打診した。
A社は、手元資金がなく、追加調達も難しいことから、株式交付による取得を打診し、d氏、e氏の合意を得た。ロックアップ中の大株主も大きなシナジーが見込めることから、希薄化を受け入れてもリターンが上回ると考え、株式交付による株式取得に賛成した。
この後、A社は会社法所定の手続きを終え、B社の株式60%を株式交付により取得した。取得日におけるA社の市場株価終値は1株当たり500,000円であり、D社・E社に対して交付した株式の総数は6,000株であった。交付株式はすべて新規発行され、資本金計上額は発行価額の50%と決定された。
D社・E社は、おおむね1年以内に交付されたA社株式を市場で売却する方針である。D社、E社が保有するB社株式の簿価は、それぞれ3百万円であった。
取得日におけるB社の貸借対照表は下記の通りであった。
(取引種類の判定)
取引前、A社とB社は共通支配下にないため、共通支配下の取引に該当しません。
取引後、A社は、B社の議決権の60%を獲得し、B社を単独で支配することとなるので、共同支配企業の形成に該当しません。
よって、本件取引は、「取得」となります(企業結合に関する会計基準(以下「基準」といいます)17項)。
(取得原価の算定)
支払対価が株式交付の場合に該当するため、支払対価であるA社の株式の時価と、取得したB社の時価のうち、より高い信頼性をもって測定できる方に基づいて測定されることとなります。
本件では、上場株式であるA社株式は市場価格があるのに対し、非上場株式であるB社株式は市場価格がないため、A社株式の時価の信頼性の方が高いので、A社株式の取得日の時価に基づき、500,000円*6,000株=3,000百万円と算定されます(基準23項24項)。
(個別会計上の処理)
子会社株式の取得、資本金及び資本剰余金の増加を認識します。金額は、上記の取得対価で測定します。
(連結会計上の処理)
1.時価評価と単純合算
B社の識別可能な資産・負債をすべて時価評価し(*)、単純合算します。(基準28項)。
(*)基準28項では、取得後1年以内に時価評価を行って修正することとされており、実際に資産・負債の時価評価手続きは煩雑で通常数か月程度の作業期間を要するため、実務上は一旦簿価で合算し、時価評価の作業が終了した後で修正することが多いです。
2.投資資本消去
非支配株主持分(C社が保有を継続する40%相当)を認識し、子会社株式と非支配株主持分の合計額とB社の純資産(評価差額を含む)を相殺消去し、消去差額をのれんに計上します(基準31項)。
B社は、本件取引の前後で、株主が変化するのみですので、仕訳は発生しません。
(仕訳なし)
D社、E社は、A社株式の交付を受けたため、金融商品に関する会計基準(以下「金融商品基準」といいます)7項に基づき、A社から交付を受けたA社株式の発生を認識します。
D社、E社は、交付されたA社株式を市場に売り圧力をかけすぎないよう留意しながら一定の時間をかけつつ、すべての保有株式を市場で売却して現金化する予定であるので、売買目的有価証券に該当します。よって、A社株式の市場価格で金額を測定します。(金融商品基準15項)。
D社、E社は、交付されたA社株式の対価としてB社株式を引き渡しているため、B社株式の消滅を認識します(金融商品基準8項)。
A社株式認識額とB社株式消滅額の差額が投資有価証券売却益となります。
以上が設例1の株式交付の会計処理一巡となります。次に、非支配株主との取引に該当する場合をみていきましょう。
会社法2条32号の2、会社法施行規則4条の2、同3条3項1号の規定により、株式交付の対象となる子会社の判定は、議決権比率のみにより判定され、いわゆる影響力基準による判定は行われません。
そのため、議決権比率が過半数に満たないものの、影響力基準により会計上の連結子会社となっている会社の持ち分の買い増しを行う際には、株式交付手続きが可能となる場合があります。そのようなケースでは、「非支配株主との取引」として処理されます。
具体的には、取得対価の測定を、「子会社株式の時価」と「(非支配株主に交付される)親会社株式の時価」のうち、より信頼性の高いほうで行い(基準45項)、連結上は「子会社株式の追加取得(連結会計基準28項)」に準じて、追加取得した株式に対応する持ち分を「非支配株主持分*」から減額し、株式取得対価との差額を「資本剰余金」として処理します。
*かつては「少数株主持分」と称していました。
それでは設例2で非支配株主との取引に該当する場合を解説します。
F社とI社の概要:
上場会社のF社は、社内ベンチャーとして新規に開始した事業がサービスローンチに成功したため、本格的な投資を行ってスケールさせる方針を決定した。
しかし、自社の資金のみでは不足するため、プライベートエクイティファンドのG社及びH社より出資を得て、F:G:H=40%:30%:30%の持ち分比率で新会社のI社を設立し、ビジネスを展開した。
株主間契約により、F社はI社の取締役会の過半数をF社から派遣するため、実質的な支配力が認められ、I社を持ち分40%の連結子会社とした。
株式交付の経緯:
その後I社は一定の成功を収め、ファンドの投資期限を迎えた。F社は、I社を上場させたい意向を持ち、G社は、I社の上場に成功すれば利益は大きいと期待し、ファンド投資期限を延長して投資を継続すると決定した。しかし、H社は、ファンドの投資期限の延長は行わず、持ち株を売却する方針を固めた。
3社の協議の結果、F社株式は市場で非常に高く評価されており、かつ、流動性も大きく、株式交付によりH社にF社株式を交付し、H社がブロックトレードで交付された株式を現金化することは十分に可能と判断されたため、F社は株式交付によりH社からI社株式30%を取得することとした。
取得日におけるF社株式の市場株価は1株当たり1,000円、H社に交付された株式数は3,000千株であった。
株式交付による純資産増加額のうち、資本金組み入れ額は1百万円とされた。
取得日におけるF社とI社の連結貸借対照表は以下の通りである。
(個別会計)
子会社株式の取得を認識し、より信頼性の高い対価として交付したF社株式の時価により測定します。所定の額を資本金に組み入れ、残余を資本剰余金に計上します。
(連結会計)
F社がH社から株式交付により取得した株式は30%相当で、取引前の非支配株主持分には60%相当が計上されていたため、3,000百万円/60%*30%=1,500百万円を減額します。
追加取得分の子会社株式3,000百万円を減額し、差額を資本剰余金から減額します。
(仕訳なし)
取引の前後でI社は株主構成が変化するのみですので、会計上の取引は発生しません。
取得取引となる場合と同様に、I社株式の消滅(簿価)とF社株式の発生(時価)を認識し、差額を「投資有価証券売却損益」として計上します。会計処理に差がないため、仕訳の記載は省略します。
以上が、非支配株主との取引に該当する場合の会計処理となります。
文:岡 咲(公認会計士)/編集:M&A Online編集部
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