北海道拓殖銀行が、自主再建を断念し、経営破綻した。同じ北海道の第二地方銀行である北洋銀行に営業の大半を譲渡することになった。バブル期のずさんな不動産融資が焦げ付き、巨額の不良債権が発生した。都市銀行として初めての破綻。拓銀は1900年に国策銀行として創立し、1955年に都銀となったが、都銀では最下位行だった。