医業承継対策として、医療機関、とりわけ医療法人を第三者へ譲渡する「医療法人のM&A」が増えています。しかし医療法人のM&Aは手続きが複雑なため、需要に対応できる仲介会社やアドバイザーが少ないのが現状です。
本稿では、病院や診療所(クリニック)などの医業承継を目的としたM&Aで知っておくべき・気を付けるべき情報や業界知識ー例えば、需給動向や法制度、スキームや最新事例、承継時の評価手法などについてわかりやすく解説します。
これまで、へき地診療や感染症対応など公益性の高い医療サービスは、主に自治体の病院が担い手となり支えてきました。しかし今、その医療体制が揺らいでいます。
背景にあるのが、「医師・看護師の不足」や「医師の高齢化と後継者問題」という人の問題、そして「地域医療の継続」と「赤字経営からの脱却(生産性の向上)」という業界構造と経営面での問題です。これらを解消するために第三者への医業承継、医療法人や病院のM&Aが水面下で行われているのです。
まずは医療法人が抱える問題からみていきましょう。
一般社団法人日本病院会、公益社団法人全日本病院協会、一般社団法人日本医療法人協会が発表した「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況調査(2021.6.3)」によると、2020年第4半期における医療利益は前年比で4.3ポイント悪化しました。
また福祉医療機構の統計によれば、2019年度と2020年度を比較すると、医療法人全体で経常利益率は上昇したものの、赤字法人割合は 3.5ポイント拡大の 25.9%となり、経営状況の厳しい法人が増加しています。特に「病院主体」の法人は、従事者1人当たり人件費が高い背景もあり、事業利益率および経常利益率ともに低く、事業利益率は△0.4%とマイナスになりました。
また、売上高に相当する事業収益規模別に見ると、収益規模10億円以下の医療法人の経常赤字割合が36.2%と最も大きく、60億円以上70億円未満の医療法人が最も事業利益が高かったことから、医療法人の経営には規模の拡大が求められることがわかります。
日銀によれば、病床利用率が一般的に9割を下回ると、医療機関の赤字要因になると試算しています。
病床利用率は地域差が大きく、2021年9月の月末病床利用率(一般病床)をみると、全国平均は68.2%で、最も高い鳥取県と最低の福島県では13%の差がありました。また都道府県が算出している地域ごとの医療機関の適正病床数(基準病床数)と比較すると、西日本を中心に多くの県で、医療機関の病床数が過剰となっています。
後継者不在を理由に病院や診療所(クリニック)を廃業してしまうと、患者が行き場を失い、医療のライフラインに綻びが生じるおそれがあります。
日本医師会総合政策研究機構(JMARI)によると、2010年から2020年にかけて医師数は 44万人増加しましたが、8割は病院に流れています。診療所医師の増加は若干にとどまり、2010年からの10年間で、ほぼそのまま年齢が上がっています。
このことから若手医師の診療所開業は、病院医師数に比べると少なく、診療所医師の高齢化が進んでいることがわかります。
厚生労働省によると2020年時点で、医師の平均年齢は、「病院」で45.1歳、「診療所」で60.2歳となっており、同機構によれば、病院の大半を占める勤務医師は、約2~3割が定年で退職しているとのことです。
帝国データバンク調べによると、2021年の病院・医療業の後継者不在率は約7割で、全業種平均の61.5%を上回っており、業界としても後継者問題は喫緊の課題であることがわかります。
また、医師と同様に看護師の人手不足も深刻な問題となっています。平成18(2006)年度の診療報酬改正で看護師を奪い合う構造が生まれてしまいました。
患者1日当たりで医療保険から病院に支払われる入院基本料は看護師1人当たりの入院患者数で決まり、看護師密度が高いほど高額に設定されています。これが従前は「10対1」が最高額でしたが、「7対1」に引き上げられたのです(これを 「7対1特需」といいます)。
一方で看護師国家試験の合格者数は微増傾向にあるものの、非正規雇用の割合は看護師で17.6%、准看護師で30.1%と当直や過重労働を避けるために自ら非正規を選択する者も多く、特に急性期病院の看護師不足が問題となっています。こうした背景から看護師の引き抜きや好待遇を条件に転職を斡旋する業者も多く、完全な売り手市場となっています。
喫緊の課題である後継者問題ですが、なぜ親から子へ医療法人の親族承継が進まないのでしょうか。主に以下の理由が考えられます。
開業医の場合、代々医師の家系であることは珍しくありません。しかし他業種・業界と同じように「家業を継ぐ意思がない」というケースが増えています。
また子女が医師免許を取得していても、親子で診療科目が異なっていたり、民間の病院や企業に就職していたり、医系技官として働いていたり、海外で活躍したり、研究者としての道を究めたり…と家業を継ぐ以外の選択肢が増えたことがあげられます。
昔に比べて承継意識が薄れている背景には、病院や診療所の経営が難しくなっていることもあるのではないでしょうか。
出資持分とは、平成19(2007)年3月31日以前に設立申請された出資持分のある医療法人に対する財産権のことです。医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、長く順調に経営している医療法人ほど純資産が大きくなる傾向があります。
出資持分は相続税の課税対象となるため、純資産が大きいほど相続税の負担も大きくなります。しかし出資持分は一般の株式と異なり換金性が低いため、相続者が納税資金を捻出できない可能性も出てきます。このようなケースや出資持分を不要と考える者がいる場合、親族承継は上手くいきません。
医療法人はM&A予備軍が多いことがわかりましたが、医療法人のM&Aは手続きが複雑なため、需要に対応できる仲介会社やアドバイザーが少ないのが現状です。ここでは医療法人のM&Aで特に問題となる点を3つあげてみます。
M&Aのメリットである「時間を買う」ことを目的に、新規開業ではなく、医療法人を買収するケースも増えていますが、初めての買収となるため、手続きなどのプロセスを含め、時間がかかることは間違いありません。また、勤務医をしながら案件を進めるには通常の診療と並行して案件を進める必要があります。
医療法人のM&Aでは、一般的にクロージング(譲渡完了)まで買い手が見つかってから早くて3カ月、長いと2-3年かかると言われています。
医療法人のM&Aでは、行政対応が不可欠です。また、取引先だけでなく、地域の医師会や大学病院の医局、自治体なども関与してくる場合もあり、ステークホルダー(利害関係者)の多さがあげられます。また従業員の雇用継続についても配慮が必要です。医療従事者の人材不足が指摘される中、M&Aで退職されてしまっては元も子もありません。
運よく後継者がいた場合や第三者への承継のめどがついた場合でも、経営面での不安は残ります。なぜなら医業承継には、「事業承継」と「資産承継」という二つの側面があるからです。相続対策としての資産承継も考えなければなりません。
また制度上の違いから一般的な事業会社(民間企業)に比べて制約が多く、経営統合や買収に向けたハードルが高くなります。
では「医療法人」とは、他の事業会社(民間企業)と比べてどのような違いがあるのでしょうか。ここからは、医療法人について解説します。
「医療法人」とは、病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設することを目的として、医療法の規定に基づき設立される法人のことです。医療行為は生死にかかわることですから、日本の医療制度はすべての国民に等しく医療が保障されることを大原則としています。このため医療法人は「非営利性」が求められ、株式会社に代表される営利法人とは区別されます。
医療法人は資金集積を容易にすることを目的として1950(昭和25)年に創設された*比較的新しい制度です。また、医療法人でない者は、医療法人と名称をつけることができません。*正しくは昭和22年に制定された医療法への条文追加で昭和25年に医療法人制度が創設されました。
医療法人が属する医療業界には、医療機関をはじめ、製薬会社、調剤小売り、医薬品卸、医療機器メーカーなども含まれます。このうち、医療を提供する施設は「病院」と「診療所(医院やクリニックともいう)」に区分され、「病院」は20床以上の入院設備を有する施設、「診療所」は、入院設備を持たないか病床数19床以下の施設を指します。
病院も診療所も開設主体(いわゆる創立者)は、国や地方自治体、全国厚生農業協同組合連合会、日本赤十字社 、企業、学校、個人など幅広いですが、全国の病院の69.3%、全国の診療所の 43.5%を「医療法人」が占めています(2022年5月31日時点「医療施設動態調査」データに基づく)。
医師個人が都道府県知事に届け出た場合は個人事業主となります。
個人病院や診療所(クリニック)は、営利目的での運営が可能となります。財産や収入はオーナーである個人に帰属し、自由に使うことができます。医療法人の場合、財産はすべて医療法人に帰属し、報酬という形で収入を受け取ります。
医療法人化のメリットは、以下のように個人事業主に比べて所得税などの税額軽減効果が得られるという点です。
医療法人とは繰り返しになりますが「病院、医師が常勤する診療所又は介護老人保健施設を開設しようとする社団または財団」であり、人の集まりが基盤となる「社団医療法人」と、寄付や拠出による提供財産が基盤となって設立される「財団医療法人」の2つに区分されます。
2022年3月時点では、医療法人総数57,141のうち、「財団医療法人」は367にとどまり、99%以上を「社団医療法人」が占めています。(厚生労働省「医療法人数の年次推移」2022年3月)
「社団医療法人」は、出資持分の定めの有無でさらに分類されます。「持分あり」とは、出資した割合に応じて財産権や返還請求権を持つことです。2007(平成19)年4月1日以降、新設を認められるのは、出資持分のない医療法人のみとなりました。
なお、全国にある医療法人社団のうち、83.3%の医療法人は「一人医師医療法人」となっています。この「一人医師医療法人」とは、常勤の医師又は歯科医師が1人または2人勤務する診療所を開設する医療法人をいい、役員や社員、および評議員が1人しかいないというわけではありません(医師・歯科医師でなくても理事になることは可能)。
なお、2007年4月1日時点ですでに許認可が下りている「持分あり医療法人」と「出資額限度法人」は当分の間、「経過措置型医療法人」として存続できます。厚生労働省によると「経過措置型医療法人」は2010年3月末時点で、社団医療法人の93%を占めていました。こうした背景を受けて、厚生労働省は「持分なし医療法人」への移行を促進する税制優遇策を設置しました。
詳細はこちら➡「持分なし医療法人」への移行促進策 のご案内(厚生労働省)
また、出資持分の定めがない社団医療法人は、以下の通りさらに分類されます。
「基金拠出型医療法人」
2007年4月1日以降、金銭の出資に代わり採用された基金制度(配当・利息なし)で、資金調達手段として定款に基金に関する条項を持つ法人をさします。
「出資」ではなく「拠出」なので、出資持分の概念はありません。解散時には定款の定めに従って拠出額を限度として返還され、残余財産は、国や地方公共団体等に帰属されます。
「社会医療法人(旧特別医療法人)」
非営利性に加えて高い公益性が求められ、救急・災害・周産期または小児救急にまつわる医療を提供する医療法人で、医療法を根拠とします。
都道府県知事(または厚生労働大臣)により認定されます。法人税が非課税になるとともに、救急医療等確保事業に供する資産について固定資産税及び都市計画税が非課税になるなど、税制上の優遇措置を受けることができます。収益業務や社会福祉事業(ケアハウスや保育所の設置運営など)も行うことができます。
「特定医療法人」
医療の普及および向上と社会福祉へ貢献、かつ公的に運営されていることを要件に国税庁長官の承認を受けた医療法人で、租税特別措置法を根拠とします。法人税の軽減税率が適用されるなど、税制上の優遇措置を受けることができます。
なお「医療法人」の分類には、以下のように公益性(休日診療や難病患者・感染者の医療、離島医療など)の高低に応じて「地上2階、地下1階」と例える場合もあります。
医療法人のM&Aでは、「経過措置型医療法人」「社会医療法人」「基金拠出型医療法人」の3つを押さえておけばよいでしょう。
医療法人を規定する医療法では、個人事業主とは異なる種々の規制を設けています。他の一般的な業種とは異なる最大の特色は、国民の健康の保持に寄与することを目的として設立した機関であることから「公共性」が求められている点と、患者の生命や安全に直結することから事業の「非営利性」を重視する点です。
これらの観点から剰余金の配当も禁止しています。勘違いされやすいのですが、非営利とは「儲かってはいけない」とか「利益を出してはいけない」というわけではありません。正しくは「利益を関係者に分配してはいけない」のです。
もうひとつの特徴は「経営権」です。M&Aは、経営権を獲得することを目的に株式の保有割合を高め、株式の売買が行われます。ところが医療法人の場合、出資持分(あるいは基金)を100%承継しても支配権は移りません。
つまり医療法人の場合、事業の主体は医療法人となり、創立者である医師は、理事長や院長の肩書きはあっても医療法人の「構成員」という立場になります。
病院や診療所の廃止届は、所轄の保健所に届け出を提出するだけで手続きは完了します。しかし医療法人を解散するには都道府県知事の認可が必要となるほか、行政手続きが煩雑なため、廃業しにくいという側面があります。
例えば社団医療法人の場合、持分の定めのある場合は残余財産の分配を行い、持分の定めのない場合は基金の返還・残余財産の帰属手続きが必要となります。このため、業績が悪化したからといって簡単に解散はできないですし、簡単に個人事業主には戻れないのです。
厚生労働省が2022年9月に公表した2021(令和3)年度の概算医療費は44.2兆円と前年度比4.6%増となりました。新型コロナウイルス感染症拡大を受け、高齢者などによる受診控えがあったものの、PCR検査など単価が比較的高い診療が増えたことが増加の要因となりました。
医療業界の市場規模は年々拡大しており、民間の調査会社によると.2030年には医療業界(介護を含む)の就業者数が製造業や卸売・小売業を抜いて、サービス業に次ぐ国内第2位の労働市場規模になるといわれています。
日本人にとっては当たり前の国民皆保険である医療保険制度ですが、世界各国からみれば大変恵まれているといえる一方で、構造的な財政問題を抱えているのもまた事実です。
高齢化に伴い国民医療費は膨れ上がり、団塊の世代が全員75歳以上となる2025年には、国民医療費は総額で52.3兆円にのぼると試算されています(厚生労働省「高齢者医療制度改革会議」(平成22年10月25日)より)。年齢が高いほど受療率が高くなる傾向があるため、患者数は今後もますます増加すると予想されます。
2022年の診察報酬本体の引き上げ幅は0.43%。看護師の処遇改善や22年度から始める不妊治療の保険適用などを配慮する一方で、繰り返し利用できる「リフィル処方箋」の導入を進め、20年度の前回改定率(0.55%)より伸びは抑えられています。
全国の医療法人数は、2022年5月31日時点で5万1342、病床数は89万7977です(厚生労働省「医療施設動態調査」より)。2016年以降の5年間をみると、病院も有床診療所も減少する一方、入院施設を有しない無床診療所の増加傾向が続いています。
2-1.施設数
2-2.医師数
2000年代後半からの積極的な医師養成により、医師数は増加傾向にあります。ただし増加分のほとんどは病院の医師で、診療所医師への参入(新規開業、承継)は伸び悩んでいます。
また地域的特徴として、医療施設の後継者不足が目立つ地域も多く、地域的偏在が深刻化しています。医療法人の分布を都道府県別でみると、東京都および石川県を除く東日本で医師少数、西日本で医師多数と「西高東低」となっています。
医療収入は「単価×患者数」で決定しますが、保険診療では一つひとつの医療行為ごとに診療報酬の公定価格(点数)が決められています。勝手に診療報酬を高くすることはできず、約1700項目に分類された既定額となるため、患者数の増減によって医療機関の収入が左右されます。
このため、病床回転率を高めることを目的に「平均在院日数の短縮」と「病床利用率の向上」の両立を目指し、入院基本料、投薬、注射、検査などをパッケージ化し、定額料金とするDPC(診断群分類別包括評価)制度を併用する医療機関が増えています。
一方で、DPC制度から退出する動きも出始めました。2021年9月にDPC対象病院から退出した神代病院(福岡県)は、その理由を「地域の医療需要の変化に対応するため」としています。
医療法人の設立は許可制で、主務官庁は都道府県となります(二つ以上の都道府県の場合は主たる事務所の所在地)。
法規制では、医療法、医療法施行令、医療法施行規則、医師法、医薬品医療機器等法など幅広く、最近では2015(平成27)年9月の第7次医療法改正により、「地域医療連携推進法人制度」の創設と「医療法人制度の見直し」が行われました。
地域医療連携推進法人制度とは、複数の病院(医療法人等)を統括し、一体的な経営を行うことで経営効率の向上を図り、地域医療構想を達成するために創設された制度です。医療の機能に見合った資源の効果的かつ効率的な配置を促し、急性期から回復期、慢性期まで患者が状態に見合った病床で、状態にふさわしい、より良質な医療サービスを受けられる体制を築く狙いがあります。
「医療連携推進方針」を定め、「医療連携推進業務」を行うことを目的とする一般社団法人は、「地域医療連携推進法人」として都道府県知事の認定を受けることができるようになりました。
非営利性を強化する目的で、第5次医療法改正において新規の医療法人の設立は「持分なし」に限定され、既存の持分のある医療法人は「経過措置型医療法人」と位置付けられました。
今回の改正では、さらなる非営利性強化のために、医療法人の会計基準や役員と特殊の関係がある事業者との取引の状況に関する報告書の作成、理事の忠実義務、任務懈怠時の損害賠償責任等を盛り込んでいます。また、医療法人の「経営の透明性の確保」および「ガバナンスの強化」に関する事項が盛り込まれました。
以上で医療法人についての解説は終わりです。医療法人ならではの特性を理解したところで、次からは本題の「医療法人とM&A」について解説していきます。
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