【M&A仕訳】株式交換の会計処理

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こんにちは、公認会計士の岡 咲(おか・さき)です。(ペンネームです。会員検索してもこの名前では出てきませんので、悪しからず。)

連載第4回は「株式交換の個別会計処理(仕訳)」について説明させていただきます。

1.株式交換のスキームについて(取引概要)

株式交換とは、完全親子会社にする手法です。前々回の株式譲渡は、買い手企業が売り手の株主から株式を買い取り、対価を現金で支払うという取引でしたが、これはあくまでも買い手と一人の株主の”1対1”の取引です。

それに対して、株式交換は、買い手企業が新株を発行し、取得対象会社の全ての株主が保有する全ての発行済株式を当該新株と物々交換するという取引です。特定の買い手企業と、対象会社の多数の株主との”1対多”の集団的な取引となります。

なお、会計基準上の用語では買い手企業を「株式交換完全親会社」といい、取得対象会社を「株式交換完全子会社」といいます。

株式譲渡で会社そのものを丸ごと取得する場合と同様、対象会社の財政状態、法律関係が何の変更もなく継続し、単に株主が入れ替わるだけですが、株式譲渡の場合は被取得企業の株主が現金を受け取って「利害関係から離脱していく」のに対して、株式交換の場合は、被取得企業の株主が取得企業の株主として「引き続き資本参加する」という点が違いとなります。

「取引当事者が誰か」という観点では、株式譲渡同様、対象会社の株主と買い手企業の取引です。よって、対象会社そのものは取引当事者となりません。

2.株式交換の仕訳ルールとポイント

前回までの取引(株式譲渡と事業譲渡)は、あくまでも”1対1”の取引でしたので、一つの事例を「各当事者の立場」でみるアプローチをとりましたが、株式交換の場合、取引が”1対多”の集団的なものとなるため、参加者の属性ごとに経済的実態が異なっており、そのためどの当事者かによって準拠すべき会計基準も異なります

そこで今回は、「当事者のタイプ別(参加者属性)」で仕訳を見ていきたいと思います。

取引の参加者属性 仕訳ルール
取得企業:買い手企業のこと。「株式交換完全親会社」ともいう 「企業結合に係る会計基準」及び「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」に準拠して仕訳を行う。
取得企業の株主 取引当事者ではないため、原則として仕訳は発生しない。しかし、株式交換により著しい持ち分変動が生じ、子会社株式または関連会社株式がその他有価証券となる場合については、時価の洗い替えを行い、交換損益を認識する。
被取得企業:取得対象会社のこと。「株式交換完全子会社」ともいう 取引当事者ではないため、個別会計上の仕訳なし
被取得企業の株主 「事業分離等に関する会計基準」及び「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」に準拠して仕訳を行う。それらに定めのない取引は「金融商品に関する会計基準」等に準拠する。

※具体的な仕訳は次ページ以降に続きます。

3.株式交換の会計処理(仕訳)

3-1.”取得企業”の会計処理

基本の仕訳

取得企業は「企業結合に係る会計基準」及び「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」に従って仕訳を行います。

株式交換の場合、個別会計において、取得企業は「子会社株式の取得」と「資本金・資本剰余金の増加」を認識する仕訳を行います。

取引金額は、原則として取得企業が交付する株式の時価となります。取得企業が上場会社であれば取引日の市場株価を使用します。取得企業が非上場会社の場合、取引日の時価を公認会計士等の専門家に算定してもらい、当該時価を使用します。ただし、取得企業が非上場会社で被取得企業が上場会社の場合、被取得企業の株式時価のほうが信頼性の高い時価であるため、被取得企業の株式時価を取引金額とします。

もっとも、非上場会社が株式交換によって上場会社を取得するという取引は、上場株式が非上場化されてしまうことになるため、通常は株主総会で否決されることから、実務上はあまり考える必要はないでしょう。

それでは取得企業が上場会社である場合と、非上場会社同士の場合のそれぞれのパターンで設例を見てみましょう。

a.上場会社の場合

(設例1)
・A社は、高いシナジー効果を期待できる隣接事業への進出を行うため、B社を株式交換により取得することをB社と合意し、両社の株主総会の承認を経て株式交換取引を実施した。
・A社・B社はともに上場会社であり、取引日におけるA社の株価は1,600円、B社の株価は750円であった。B社の発行済み株式総数は10,000,000株である。交換比率は1:0.5とされている。
・A社は新株発行額の半額を資本金、残余を資本剰余金に計上することとしている。

(説例1の会計処理)
B社株1株に対してA社株式0.5株を割り当てるので、新たに発行されるA社株式総数は10,000,000*0.5=5,000,000株となります。
A社株式の時価は一株につき1,600円ですので、5,000,000株*1,600円=8,000百万円が取引対価となります。
よって、子会社株式8,000百万円の取得を認識し、その半額を資本金及び資本剰余金にそれぞれ計上します。

(借方) 子会社株式 8,000百万円 (貸方)
資本金 4,000百万円   
資本剰余金 4,000百万円

b.非上場会社の場合

(設例2)
・C社の100%子会社のD社と、同業のE社の100%子会社F社は、株式交換によりF社をD社の100%子会社とし、D社をC社とE社のジョイントベンチャー化することに合意した。
・C社およびE社はそれぞれ公認会計士にD社およびF社の株式価値の評価と交換比率の算定を依頼し、それぞれの評価結果をもとに交渉を行い、D社株式の公正価値150円/株、F社株式の公正価値300円/株、交換比率はF社株式1株に対してD社株式2株とすることで交渉妥結した。
・F社の発行済み株式総数は20,000,000株であった。取引の結果、D社の株主構成はC社70%、E社30%となった。

(設例2の会計処理)
F社株1株に対してD社株2株を割り当てるので、新たに発行されるD社株式数は40,000,000株となります。
D社株式の時価は1株につき150円ですので、40,000,000株*150円=6,000百万円となります。よって、子会社株式6,000百万円の取得を認識し、その半額を資本金及び資本剰余金にそれぞれ計上します。

(借方) 子会社株式 6,000百万円 (貸方) 資本金 3,000百万円
資本剰余金 3,000百万円

c.例外1:自己株式を交付する場合

会社が自己株式を保有している場合、自己株式を株式交換に使用し、新株は自己株式を差し引いた残数とすることができます。このような場合、自己株式の簿価を貸方に計上し、子会社株式の価値と自己株式の簿価との差額を資本金・資本剰余金に計上します。

(設例3)
・上場会社G社は、H社を株式交換により取得することとした。
・G社は自己株式10,000千株を保有しており、その簿価は1,200百万円である。
・G社の株式の取引日の時価は150円/株、H社発行済み株式総数は5,000千株、交換比率はH社株式1株に対してG社株式10株であった。

(設例3の会計処理)
H社株主に交付すべきG社株式は、H社発行済み株式5,000千株*10株=50,000千株です。
このうち10,000千株は自社株を充当するので、新株として発行されるG社株式は40,000千株です。
子会社株式の取得対価はG社株式の時価150円/株*H社株主に交付するG社株式総数50,000株=7,500百万円です。このうち自己株式1,200百万円を交付したので、残額の6,300百万円の半額ずつを資本金と資本剰余金に計上します。

(借方) 子会社株式 7,500百万円 (貸方) 資本金 3,150百万円
資本剰余金 3,150百万円
自己株式 1,200百万円

d.例外2:共通支配下の取引の場合

株式交換が共通支配下の取引として行われる場合、連結会計上は持ち分の追加取得として処理する例外規定がありますが、個別会計上は仕訳に差異はありません。

このほかにも細かい例外がいくつか適用指針に記載されていますが、あまりにも専門的で本連載の取り扱い範囲を超えると考えられることから、今回の記事では説明を省略させていただきます。

3-2.”取得企業の株主”の会計処理

取得企業の株主は取引当事者ではないため、原則として仕訳は発生しません。

しかし、株式交換により著しい持ち分変動が生じ、子会社株式または関連会社株式がその他有価証券となる場合については、時価の洗い替えを行い、交換損益を認識します。

(設例4)
・非上場会社L社が発行済み株式の55%を保有する上場子会社M社は株式交換により他の上場会社であるN社を買収したが、N社の時価総額がM社よりもはるかに大きかったため、株式交換後のL社の持ち分比率が10%に減少し、M社はL社にとってその他有価証券に該当することとなった。
・L社が保有していたM社株式の簿価は2,200百万円であったが、株式交換日における時価は1,800百万円であった。

(設例4の会計処理)
2,200百万円の子会社株式を1,800百万円のその他有価証券に振り替え、差額を交換損失に計上します。

(借方)
その他有価証券 1,800百万円     
(貸方) 子会社株式 2,200百万円     
交換損失 400百万円     


3-3.”被取得企業”の会計処理

被取得会社は取引当事者ではないため、個別会計上は仕訳なしとなります。
(仕訳なし)


3-4.”被取得企業の株主”の会計処理

基本の仕訳

被取得企業の株主は、「事業分離等に関する会計基準」及び「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」に準拠して仕訳を行います。また、それらに定めのない取引については「金融商品に関する会計基準」等に準拠することとなります。

被取得企業の株主の会計処理にあたっては、まず最初に「取引前後で投資が継続しているか」、「投資が清算されたか」の判定を行います。

判定は、
・「企業結合の対価が株式と同質なものか」「現金や不動産等の異質なものか」という”対価”の観点と、
・企業結合の結果、取得企業が「子会社・関連会社・その他の3分類に変動が生じるか」という”カテゴリの変化”の観点に応じて行います。

株式交換の場合、対価は株式であるので「同質」です。従って、対価の観点からは投資が継続しています。しかし対象会社(被取得企業)のカテゴリが変化するかどうかによって、投資が継続しているかは異なる結果となります。

投資が継続していると認定される場合 交換対象となった株式の簿価をそのまま引き継ぐため「仕訳なし」
投資が清算されたと認定される場合 交換対象となった株式の消滅を認識し、新たに交付された株式を時価で計上し、両者の差額を「交換損益」として認識します

a.カテゴリが変動しない場合

子会社株式が子会社株式のままである場合、関連会社株式が関連会社株式のままである場合、その他有価証券がその他有価証券のままである場合は、投資が継続していると判定されます。その結果、個別会計上は従前の簿価を引き継ぐため、仕訳なしとなります。

(仕訳なし)

b.子会社が関連会社となる場合

投資が継続していると判定されます。その結果、個別会計上は従前の簿価を引き継ぐため、仕訳なしとなります。

(仕訳なし)

c.子会社がその他有価証券となる場合

投資が清算されたと判定されます。その結果、個別会計上は交換対象となった株式の消滅を認識し、新たに交付された株式を時価で計上し、両者の差額を株式交換差益として認識します。

(設例5)
・I社の100%子会社であるJ社は小規模な企業であるが特殊な技術を保有していることから、グローバルな優良上場会社であるK社から株式交換による買収を提案され、I社はこれを承諾した。
・この結果、I社はK社の発行済み株式の5,000分の一に相当するK社株式を受け取った。
・株式交換日におけるK社の時価総額の5,000分の一は1,200百万円、株式交換直前のJ社株式の簿価は900百万円であった。

(設例5の会計処理)
子会社株式がその他有価証券となる場合に該当しますので、投資が清算されたと判定し、受け取った株式を時価で認識し、交換した株式の消滅を認識し、差額を交換損益として計上します。

(借方) その他有価証券 1,200百万円
(貸方) 子会社株式 900百万円
交換損益 300百万円

d.関係会社が子会社となる場合

投資が継続していると判定されます。その結果、個別会計上は従前の簿価を引き継ぐため、仕訳なしとなります。

(仕訳なし)

e.関係会社がその他有価証券となる場合

投資が清算されたと判定されます。その結果、個別会計上は交換対象となった株式の消滅を認識し、新たに交付された株式を時価で計上し、両者の差額を株式交換差益として認識します。

f.その他有価証券が関係会社・子会社となる場合

この場合は投資が継続していると判定されます。その結果、個別会計上は従前の簿価を引き継ぐため、仕訳なしとなります。

(仕訳なし)

以上が株式交換の仕訳となります。(次回「株式移転のM&A仕訳」に続きます)

文:岡 咲(公認会計士)/編集:M&A Online編集部

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