【M&A仕訳】事業譲渡の会計処理

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こんにちは、公認会計士の岡 咲(おか・さき)です。(ペンネームです。会員検索してもこの名前では出てきませんので、悪しからず。)

連載第3回は、「事業譲渡の個別会計処理(仕訳)」について説明させていただきます。

1.事業譲渡のスキームについて(取引概要)

 前回の株式取得(株式譲渡)は、株式すなわち会社の所有権を丸ごと売買するという取引でした。それに対して事業譲渡は、譲渡対象事業に使用している個別具体的資産を一個一個リストアップして、その資産をひとまとまりに一括購入する取引です。

 株式譲渡で会社そのものを丸ごと取得する場合、対象会社の財政状態、法律関係が何の変更もなく継続し、単に株主が入れ替わるだけなのですが、事業譲渡の場合、単に資産を譲渡するだけですので、一つ一つに資産を売買し、不動産であれば登記、債権であれば確定日付ある証書による譲渡通知、株式であれば株主名簿の名義書き換えなど、名義変更に必要な諸手続きを一つ一つ行うことが必要となります。

 また、重要な違いとして、株式譲渡には消費税がかからない一方で、事業譲渡の場合、消費税の課税体系にのっとって原則として各資産の譲渡対価に消費税が課されるという点が挙げられます。

 そして、最大の特徴は、借入金、連帯保証債務、損害賠償債務、未納租税公課、未払残業代、未認識退職給付債務等の厄介な法律関係が売り手側に丸々残され、買い手には影響しないということです。そのため、法務リスクの高い企業の買収時に利用されることが多い取引です。

  株式譲渡は譲渡対象会社の株主と買い手の取引でしたが、事業譲渡は譲渡対象事業を運営する売り手企業と買い手の取引となります。したがって、株主は取引当事者となりません。

※具体的な仕訳は次ページに続きます。

2.事業譲渡の基本の仕訳

 事業譲渡の場合は、原則として譲渡対象資産・引き受け対象負債のすべてを時価評価してBS(貸借対照表)に取り込むことになります。

(設例1) 

 A社は、X事業とY事業を運営しているが、Y事業については一定の黒字が得られてはいるものの減益傾向が続いており、将来性に乏しいため撤退すべきであると判断して、当該事業の業界トップのB社に事業譲渡することとした。

 B社は、Y事業の業界トップではあるが、Y事業自体はB社にとってはノンコア事業であり、Y事業の譲受には消極的であったが、粘り強い協議の末、負債は一切引き受けず、譲渡対象資産の時価相当額でならば譲り受けてもよいということで合意が成立し、現金を対価として事業譲渡取引が執行された。消費税率は8%である。

  譲渡対象資産・負債は以下のとおりである。

2-1.売り手(A社)の会計処理

(1)譲渡対象資産の簿価を減少させ、譲渡対価との差額を売買損益として認識します。

(借方)現金預金 312,200千円






(貸方)棚卸資産  10,000千円
    建物    35,000千円
    機械装置  80,000千円
    土地   120,000千円
    特許権    500千円
    商標権    200千円
    事業譲渡益 66,500千円

(2)譲渡対象資産のうち、消費税課税対象のものについて仮受消費税を受け取ります。

(借方)現金預金 12,976千円 (貸方)仮受消費税 12,976千円

2-2.買い手(B社)の会計処理

(1)譲渡対象資産を時価で資産計上し、対価の支払いを認識します。

(借方)棚卸資産  10,000千円
    建物    29,000千円
    機械装置  72,000千円
    土地   150,000千円
    特許権   5,000千円
    商標権   1,200千円
(貸方)現金預金 312,200千円




(2)譲渡対象資産のうち、消費税課税対象のものについて仮払消費税を支払います。

(借方)仮払消費税 12,976千円 (貸方)現金預金 12,976千円

2-3.株主(売り手及び買い手)の会計処理

 いずれも取引当事者ではないので、仕訳は発生しません。

仕訳なし

3.事業譲渡の仕訳 - のれんが発生する場合

 設例1では譲渡対価を資産の時価とすることで合意していたため、資産の時価合計と事業譲渡の対価は一致していました。しかしこのようなケースは(実務では)比較的レアケースになります。

 通常、事業譲渡の対価はDCF法や年倍法などにより、将来の期待キャッシュフローを基に算定されるケースが多いです。このような計算手法を「インカムアプローチ」といいます。

 また、同業他社で上場会社がある場合、当該上場同業他社の株価指標(EV/EBITDA倍率やPER、PBRなど)を参照して価格を算定する場合もあります。このような計算手法を「マーケットアプローチ」といいます。

 インカムアプローチやマーケットアプローチで事業譲渡対価を合意した場合、原則として資産の時価合計と事業譲渡の対価は一致しないこととなります。これに対して、設例1のように事業譲渡の対価を構成資産の時価に着目して算定する方法は「ネットアセットアプローチ」といいます。ネットアセットアプローチで事業譲渡対価を合意した場合、資産の時価合計(負債の引き受けがある場合は、純資産の時価合計)と事業譲渡対価は一致します。

 インカムアプローチで算定した価格で事業譲渡を行い、譲渡対象資産の時価を上回る金額が発生した場合は、当該差額をのれんに計上します。日本基準では、のれんは一定年数で毎期償却されます。また、収益性が低下した場合は減損会計の対象となります。

 非常に付加価値の高いサービスを提供しているなど、ROAが高い事業の場合、インカムアプローチの算定結果がネットアセットアプローチの算定結果を大きく上回ることとなりますので、多額ののれんが生じる傾向があります。

(設例2)

  C社は上場を目指すベンチャー企業で、付加価値の高いIT関連の著作権ビジネスを展開していたが、市場規模の小ささからスケールに限界があると判断し、当該事業をD社に譲渡してよりスケール余地のある別事業に経営資源を集中することとした。D社は当該事業の収益性を高く評価し、DCF法(インカムアプローチの一種)により算出した対価で当該事業を取得した。

 譲渡対象資産・引受対象負債・譲渡対価・のれんの額は以下のとおりである。また、D社は、本事業譲受で生じたのれんの耐用年数は5年と見積もった。

※仕訳は次ページに続きます。

3-1.C社(売り手)の会計処理

のれんは買い手に生じる問題ですので、売り手の仕訳はのれんが生じる場合も生じない場合も基本と同じ仕訳となります。ただし、消費税はのれん相当額にも課税されます。

(1)譲渡対象資産の簿価を減少させ、譲渡対価との差額を売買損益として認識します。

(借方)現金預金 900,000千円
    前受収益  40,000千円

(貸方)建物付属設備 10,000千円
    機械装置   20,000千円
    事業譲渡益   910,000千円

(2)譲渡対象資産のうち、消費税課税対象のものについて仮受消費税を受け取ります。

(借方)現金預金 75,200千円 (貸方)仮受消費税 75,200千円


3-2.D社(買い手)の会計処理

譲渡対価と取得・引受する資産・負債の時価の純額との差額をのれんに計上します。消費税はのれんにも課税されます。

(1)譲渡対象資産を時価で資産計上し、対価の支払いを認識します。

(借方)建物付属設備   10,000千円
    機械装置     22,000千円
    著作権    500,000千円
    のれん    408,000千円
(貸方)現金預金 900,000千円
    前受収益   40,000千円

(2)譲渡対象資産のうち、消費税課税対象のものについて仮払消費税を支払います。のれん相当額にも課税します。

(借方)仮払消費税 75,200円 (貸方)現金預金 75,200円

(3)のれんは見積耐用年数で定額法により償却します。設例では5年償却となります。

(借方)のれん償却費 81,600千円 (貸方)のれん 81,600千円

(以後、償却完了まで5年間償却費を計上します。)

3-3.C社株主・D社株主の会計処理

 いずれも取引当事者ではないので、仕訳は発生しません。

仕訳なし

4.事業譲渡の仕訳 - 負ののれんが発生する場合

 不採算事業からの撤退などのケースでは、経営立て直しまでの赤字を見込んでインカムアプローチの算定結果がネットアセットアプローチの算定結果を下回ることもあります。このような場合、差額は売り手にとっては事業売却損失、買い手にとっては負ののれんに計上します。

 日本基準では、負ののれんは全額を特別利益に計上します。

(設例3)

 E社は老舗の同族会社であり、創業時から継続しているα事業と先々代社長が新規に着手したβ事業を運営している。β事業は長年赤字が続いており、撤退が議論されていたが、β事業継続に強いこだわりを持っていた先々代社長が逝去したことに伴い、ついにβ事業が売却されることとなった。

 複数社との交渉の結果最も高い価格を提示したF社が取得することとなったが、経営再建までしばらく赤字が見込まれることから、売却価格はDCF法により算定された価格とされ、その金額は純資産の時価を下回る金額であった。E社は純資産の時価は下回るものの、簿価は上回り、かろうじて売却損の回避できることから、これに応じることとした。

 譲渡対象資産、負債、譲渡対価は以下のとおりである。

4-1.売り手(E社)の会計処理

(1)売却する資産の簿価を落とし、譲渡対価との差額を事業売却損に計上します。

(借方)現金預金 180,000千円



(貸方)棚卸資産 100,000千円
    建物     65,000千円
    土地    8,000千円
    事業売却益 7,000千円

(2)売却する資産のうち、消費税課税対象のものについて仮受消費税を受け取ります。負ののれんの分だけ消費税が少なくなります

(現金預金) 6,400千円 (仮受消費税) 6,400千円


4-2.買い手(F社)の会計処理

(1)取得した資産・負債を時価で計上し、取得対価との差額を負ののれんに計上します。


(借方)棚卸資産  60,000千円
    建物    40,000千円
    土地   100,000千円
(貸方)現金預金  180,000千円
    負ののれん 20,000千円

(2)譲渡対象資産のうち、消費税課税対象のものについて仮払消費税を支払います。負ののれんの分だけ消費税が減少します。

(借方)仮払消費税 6,400千円 (貸方)現金預金 6,400千円


4-3.売り手及び買い手の株主の会計処理

 売り手の株主、買い手の株主とも、取引の当事者ではないため仕訳は発生しません。

仕訳なし


以上が事業譲渡の仕訳となります。(次回「株式交換のM&A仕訳」に続きます)

文:岡 咲(公認会計士)/編集:M&A Online編集部

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