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医療法人のM&Aについて ー医療法人・病院のM&Aスキームや最新動向を解説、評価額の算出方法も紹介ー

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医療法人・病院は売却できるのか

冒頭に申し上げたとおり、医療法人や病院のM&Aは水面下で行われています。ここでは平成23年度厚生労働省医政局の調査報告書から、収集84事例の経営統合理由より、譲渡理由を以下の四つに分類してみました。

譲渡理由のパターン

譲渡理由のパターンのイメージ
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買い手がつきやすい医療法人・病院

政府が積極的に事業承継問題に取り組んでいる一方、医業承継については(行政が)距離を置いているのが実情です。確かに医療機関は社会の公器という側面があることから「M&A」にアレルギーがあるのかもしれません。

しかし、実際にM&Aの現場では、医療法人を第三者へ譲渡する「医療法人のM&A」が増えています

ここでは、買い手がつきやすい医療法人・病院の一例をあげてみたいと思います。

買い手がつきやすい医療法人・病院の特徴

買い手がつきやすい医療法人・病院の特徴のイメージ
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注:あくまでも買い手がつきやすい傾向であり、上記の例に当てはまらないから売却できないというわけではありません。

医療法人・病院を買収する際の注意点

社団医療法人の経営権を獲得するには、「社員の構成」に配慮することです。この場合の「社員」とは、一般の事業会社の社員ではなく、「株主」に近い概念です。医療法人の場合、社員数のシェアによって社員総会の議決権をコントロール(すなわち支配権を獲得)します

実際に「社員」についての知識がないために、医療法人が乗っ取られるケースもあるようです。

また、個人病院や診療所(クリニック)を買収する場合、買収する側は新規開設手続きが必要となります。この場合、病床過剰地域であれば病床承継ができない可能性もありますので、担当医局への事前確認が必要です。

医療法人・病院M&Aのメリット・デメリット

価格決定要素の項で述べたとおり、基本的には患者の単価を上げて収益を増やすことはできません。そのため、事業規模を拡大することで患者数を増やし、収入を増やすことになります。また地方ほど医師不足や後継者問題は深刻です。後継者が見つからず廃業(廃院)されてしまうと、患者は医療が受けられなくなってしまいます。地域医療の継続は、地域住民や地域社会にとっても大きなメリットがあります

医療法人・病院M&Aのメリット・デメリットについて、まとめました。

売り手側(譲渡)のメリット・デメリット

売り手側(譲渡)のメリット・デメリットのイメージ
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買い手側(買収)のメリット・デメリット

買い手側(買収)のメリット・デメリット
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医療法人・病院のM&Aスキームと手続きの概要

医療法人・病院のM&Aで用いられる主なスキームを紹介します。事業会社の場合、株式譲渡や事業譲渡が一般的なM&Aスキームとなりますが、医療法人は株式会社ではないので、出資持分譲渡という手法が一般的です。

出資持分譲渡(およびメンバー交代)

医療法人や病院に出資されている財産を売却することを出資持分譲渡といいます。譲渡後、定款に定められている手続きをもとに、メンバーの入れ替えを行います。社団医療法人の場合は社員総会と理事会のメンバー交代が必要となり、財団医療法人の場合は理事会と評議員*のメンバー交代が必要となります。*寄附行為に基づき評議員が設置されている場合

医療法人から個人事業主へ承継する場合、対象法人が保有する権利義務すべてを引き継ぐことになるため、デューデリジェンスが非常に重要となってきます。一方で丸ごと新体制に引き継がれるため、メンバー交代(出資者や社員・理事が変更された)だけであり、実務面での移行は他のスキームに比べるとスムーズに行うことができます。

事業譲渡

特定の事業に対して必要な有形的・無形的な財産を一体とした上で、それらの全体または一部を譲渡する手法です。例えばある特定の科をほかの法人に譲渡したり、複数のクリニックを経営している場合、ある施設のみ譲渡する場合などに用いられます。

単なる居抜き物件と違い、カルテや検査記録などの患者情報や取引先、スタッフに関する個人情報を引き継ぐことができます

事業譲渡も行政に対する事前相談(承認)が必要となります。簿外債務を引き継ぐ必要がないというメリットがある半面、従業員との雇用契約を個別に結ぶ必要があるなど手続きが煩雑になるというデメリットがあります。また個人事業主の診療所(クリニック)を医療法人が買収する場合、定款の変更認可が必要となるため、時間がかかるのが難点です。

合併

2つ以上の医療法人が契約により存続する1つの医療法人に集約される、組織再編行為です(医療法第57条以下)。合併を受けた側の医療法人は消滅します。消滅する医療法人の権利義務を存続する医療法人に承継する「吸収合併」と、消滅する権利合併を新たに設立する医療法人に承継する「新設合併」の2つの形態があります。

合併するには都道府県の医療審議会に意見を聞き、許可をもらう必要があります。メリットは消滅する側の医療法人が持っている取引先や医師や看護師との関係を丸ごと引き継ぐことができる点で、デメリットは消滅側の負債も引き継ぐリスクがある点です。なお合併スキームは定款に合併に関する規定を持つ社団医療法人同士もしくは財団医療法人同士による合併のみ、認められています。

分割

既存の医療法人に資産・負債を移転する「吸収分割」と、新たに設立する医療法人に資産・負債を移転する「新設分割」の2つの形態があります。吸収分割の場合、組織再編税制の適格要件を満たせば適格分割となるため、税制上の恩恵を受けることができます。

分割するには都道府県の医療審議会に意見を聞き、許可をもらう必要があります。なお分割スキームは定款で分割に関する規定を持つ医療法人が対象となり、社会医療法人は認められていません

分割は包括承継のため、個別の承諾が必要となる事業譲渡に比べ、煩雑な手続きが不要となる点がメリットといえます。

MS法人の活用

メディカルサービス(MS)法人とは、医療機関でなければできない業務以外、例えば会計業務や保険請求、医療機器や器具の仕入れや管理、人材管理など運営に係る法人のことで、会社形態としては株式会社や合同会社になります(俗称であり、商号ではありません)MS法人が出資持分を保有し、経営は第三者に委託します。主に再生の場面で金融機関や投資ファンドが用いる手法です。

医療法人・病院の評価額の算出方法

医療法人・病院のM&Aでは、出資持分をいくらで売買するか評価します。ここでは医療法人のM&Aで比較的使用されている評価手法について、わかりやすく解説します。

M&Aにおいて企業価値(バリュエーション)を算定する場合、絶対的な方法はありません。実務ではDCF法とマルチプル法で評価するなど、単一の算定手法によるのではなく、複数の算定手法により評価します。

M&Aの評価手法は、「インカムアプローチ」「コストアプローチ」「マーケットアプローチ」の3つの考え方に分けられます。

インカムアプローチ(DCF法など)

インカムアプローチとは、会社から期待される利益、あるいはキャッシュ・フローに基づいて価値を評価する考え方で、DCF法や配当還元法などがあります。なかでもDCF法はM&Aの評価(バリュエーション)では最も一般的な手法になります。

将来期待される収益(キャッシュフロー)を、一定の割引率で割引いて現在価値に換算して評価します。精緻な事業計画書が必要なことから、小規模なM&Aの現場では使われない場合もあります。また、将来の見通しを正確に予想することはできないこと、計画の前提条件によって計算結果が大きく変わってしまうことなどから、主観的な要素が排除できないという問題があります。

売却する(譲渡)側が「一人医療法人」の場合、(前任者が引退することで)収益性は承継されないため、評価手法としてDCF法はなじみません。一方で、複数のクリニックを展開している大規模な医療法人や大きな組織に帰属している医療機関、健診センターなどが対象となる場合に採用されています。

コストアプローチ/ネットアセットアプローチ

コストアプローチとは、ネットアセットアプローチとも呼ばれ、貸借対照表の純資産に注目する考え方です。代表的な手法に簿価純資産法、時価純資産法(修正簿価純資産法ともいう)などがあります。医療法人のM&A実務では、純資産にプレミアム(のれん代、営業権ともいう)を加味して評価する場合が多いようです。

実務で使用される代表的な算式は、次の二つです。

「時価純資産+のれん代(営業権)」

資産基準となる純資産(資産と負債の差額)を簿価から時価に修正します。この時価純資産にのれん代(営業権)を加算して算定します。のれん代とは「超過収益力」のことで、将来性、土地の利便性、集患力、口コミ、ノウハウ、従業員、医療器具などの保有設備といった付加価値を加味します。また、医療過誤のトラブルや訴訟リスクなどが存在する場合は減算されます。

「時価純資産+修正後営業利益×3-5年」

純資産に数年分の利益を付加する手法で、年倍法(あるいは年買法)といいます。適正年数は一般的に3年から5年程度といわれています。資産基準となる純資産(資産と負債の差額)を簿価から時価に修正し、役員報酬や節税費用などの増減要素を加減し、評価します。

コストアプローチは貸借対照表を基に算定するため、評価プロセスが理解しやすいですが、過去の利益が純資産に積み上がっているだけの場合は、過大評価となる点に注意が必要です。またのれん代の評価が主観的となり、売り手と買い手の価格ギャップが大きくなる傾向にあります

マーケットアプローチ(マルチプル法など)

マーケットアプローチとは、市場で成立した買収価格に基づいて算定する考え方で、上場している同業他社や類似取引事例など、類似する会社、事業、あるいは取引事例と比較することによって相対的に価値を評価します。

実際の買収事例(買収額)から、①最も適当と思われる類似事例の買収価格倍率を用いる場合、②複数の買収事例の買収価格倍率の平均を用いる場合、③進行中の案件の倍率を参考にする場合などがあります。

マーケットアプローチの考え方で、実務でよく使われる評価方法の一つに「マルチプル法(Multiple methods)」があります。「マルチプル」とは投資尺度のことです。

マルチプル法の計算式で代表的なものは、次の算式です。

「評価対象会社のEBITDA × EBITDA倍率※ + 事業外資産 - 有利子負債」※EBITDA倍率=類似会社の事業価値/ EBITDA

医療法人は上場できないため、類似企業の取引データを取得することが難しく、評価対象会社を設定することが困難です。仮に非上場会社の取引データが入手できた場合でも、特有の事情(例えば巨額の訴訟を抱えているなど)が存在している可能性もあるため、採用の判断が難しいというデメリットがあります。ただし、独自に医療法人のM&Aデータベースを持っている場合は、算定が可能となります。

参考:マーケット・アプローチと市場株価法|企業価値のアプローチと評価手法(1)

相続税評価について

相続税評価では、かつては医療法人の出資額を純資産価額方式により評価することとされていましたが、改正により、取引相場のない株式」の評価方式に準じて評価することになりました。

「取引相場のない株式」の評価とは、同族株主等は原則的評価方式で、同族株主等以外の者は特例的評価方式(配当還元方式)で評価します。

医療法人は、医療法の規定により剰余金の配当が禁止されていますから、一般の取引相場のない株式の評価方法とは異なります。このため特例的評価方式配当還元方式)は採用できません。また、類似業種比準価額の算式では「1株当たりの配当金額」の要素を除外します。

医療法人・病院のM&A事例

医療業界では医療法人の経営者の高齢化や慢性的な人材不足を理由に、売却を選択するケースが増えています。買い手側にとっては患者の受け入れ数の増加、拠点の拡大などのメリットがあり、買い手・売り手双方のM&Aに対する意識は高まっています。

ここでは比較的大きな医療法人・病院のM&A事例を紹介します。

同業のM&A

事例:伯鳳会グループが個人病院を吸収合併

複数の病院や介護老人保健施設、医療専門学校などを運営する伯鳳会(兵庫県赤穂市)は2007年、姫路市にある個人病院の小国病院を買収しました。小国病院は明治時代から続く姫路市内でも歴史のある産婦人科病院で、父子2名で運営していました。

父親が死去したため、昼夜問わず診療を行っていた息子が事業の継続を断念し、病院の売却を決意します。経営状態は良かったことから、業務維持・拡大のため伯鳳会が吸収合併しました。

姫路市は病床過剰地域でしたが、産婦人科が不足していたため、県は伯鳳会との統合を許可しました。伯鳳会は発祥地が人口減少地域であり、経営安定のため人口規模の大きな都市の病院を相次いで買収しています。

異業種によるM&A

事例:日本郵政が京都逓信病院を売却

2022年9月、日本郵政<6178>が旧逓信省時代から経営を続けてきた京都逓信(ていしん)病院(京都市中京区)を、不採算事業の整理の一環として地元の医療法人知音会に売却しました。

日本郵政は2015年11月の上場で赤字病院事業の縮小を迫られ、新潟逓信病院(新潟県新潟市)と神戸逓信病院(兵庫県神戸市)を、社会医療法人新潟臨港保険会(新潟県新潟市)と医療法人社団南淡千遥会(兵庫県南あわじ市)に、それぞれ事業譲渡しました。

かつて逓信病院は札幌から鹿児島まで14カ所あり全国展開していましたが、立地面で不利だったことなどから赤字が続いており、売却や閉鎖を進めました。

事例:東海大学が医学部付属病院を徳洲会に譲渡

学校法人東海大学は、付属大磯病院を2023年3月1日付で医療法人徳洲会(大阪府大阪市)に譲渡する予定です。

東海大学医学部は4つの附属病院があり、譲渡する大磯病院は病床数が312床、全23の診療科では各科専門医が担当しています。救急や夜間、休日診療も実施しており、地域の中核医療を提供していました。

M&Aを実施する背景には、少子高齢化と人口減少で経営状況の好転が見込めないとの判断がありました。

徳洲会は2022年10月現在、病院71施設、診療所・クリニック・介護施設を合わせ総事業所数400施設を展開し、従業員数も3万6000人を超える一大医療グループです。西日本を中心に病院や医療施設を展開していましたが、2005年に東京都昭島市に東京西徳洲会病院を開業。M&Aを積極的に推し進め、現在は東京都や関東地方にも積極的に医療を提供しています。また2020年には、湘南鎌倉医療大学を開学しました。

東海大学は、原則として現行の診療体制を維持する計画であり、当面は東海大学から複数名の常勤医師を派遣する予定としています。

投資ファンドによるM&A

事例:ユニゾン・キャピタルがファンドを通じて熊谷総合病院へ出資

ユニゾン・キャピタルは2017年5月に運営するファンドからの出資を通して「地域ヘルスケア連携基盤(CHCP)」を設立。地域の病院や介護施設、ヘルスケア関連ビジネスへの経営支援に乗り出しました。2020年9月には、CHCPを通じて社会医療法人北斗(北海道帯広市)と協働し、社会医療法人熊谷総合病院(埼玉県熊谷市)に出資、支援を行うと発表しました。

ユニゾン・キャピタルは日本の独立系投資ファンドの一つで、中堅未上場企業への出資を得意としてきました。これまで、回転ずしのあきんどスシロー(現:FOOD & LIFE COMPANIES<3563>)、ワインショップのエノテカ(東京都港区)、建材店の建デポ(東京都千代田区)などに出資してきました。

近年は医療、ヘルスケア領域に注力しており、運用総額(組合規模)300億円のヘルスケア特化型ファンド「UCヘルスケア・プロバイダー共同投資事業有限責任組合」を立ち上げています。

どのアドバイザーに相談したらよいか

詐欺にあわないために…こんなブローカーに気をつけよう

医療法人M&Aの現場では、残念ながら「ブローカー」が群がるという土壌があります。ブローカーは元医療機関職員から医薬品卸、不動産事業者など様々ですが、ブローカーが横行している背景には、医療法人のM&Aは難易度が高いため、的確にアドバイスできる人材が少ないことがあげられます。こうして知識をもった一部の悪徳業者が介在する案件でトラブルが発生しているのです。

最近では2022年8月、買収した医療法人から融資の担保名目で5000万円をだまし取ったとして、江東区にあるコンサルタント会社の代表取締役社長らが逮捕されたと報じられました。自称医療コンサルタントを名乗る者、「〇〇(有名人や政治家)を知っている」などの言動があったら、怪しいと疑ってかかるのも一考です。

では、どのようなアドバイザーに依頼すればよいのでしょうか。

専門機関を利用しよう

ドクター同士で順調に話が進んでいても、配偶者が異論を唱えて話が流れる(破談になる)というのはよくあるケースです。仲介人が売り買い双方の間に立って契約を進める場合、まずは、医療法人のM&Aを得意とする仲介会社に相談することをおすすめします。

上場企業であれば守秘義務の管理も徹底しているため、情報が洩れる心配もありません。できれば医療法人のM&Aを専門で行う部署やチームを設けている会社に相談するのが良いでしょう。初期相談が無料となっており、具体的に案件を進める前に担当アドバイザーとの相性を確かめることができます

また、地域限定になりますが、福島県医師会無料職業紹介所が「福島県 医業承継バンク マッチングナビ」というサイトを運営しています。県内の方は、是非チェックしてみてください。

参考:福島県 医業承継バンク マッチングナビ

医療法人・病院のM&Aに役立つ書籍

アドバイザーに依頼する前に、医療法人のM&Aについて理解を深めたいという方は、以下の書籍が参考になるでしょう。

病医院の引き継ぎ方・終わらせ方が気になったら最初に読む本(日本法令)

病医院の引き継ぎ方・終わらせ方が気になったら最初に読む本(本)

医業承継の教科書 親族間承継・M&Aの手法と事例(日本医事新報社)

医業承継の教科書(本)

院長先生の相続・事業承継・M&A 決定版 第2版(きんざい)

院長先生の相続・事業承継・M&A(本)

医業承継 地域医療を未来へ繋ぐ、医療法人の相続・承継とM&A(ダイヤモンド社)

医療承継(本)

まとめ 地域医療の存続に欠かせない医療法人・病院のM&A

帝国データバンクの「医療機関の休廃業・解散動向調査(2021年)」によると、2021年の医療機関の休廃業・解散は567件で、過去最高水準。2019年以降、3年連続で500件を超えました。

21.医療機関の休廃業・解散件数の推移
帝国データバンク「医療機関の休廃業・解散動向調査(2021年)」より引用

病院の代表者は70代以上が5割を超えるなど、世代交代が進んでいません。特に診療所や歯科医院は規模の拡大や永続的な経営を望まず、後継者を置かないまま自分の代で廃業する意向が強いといわれています

しかし、診療所や歯科医院が地域医療を支えているのは事実です。存続させることが人々の豊かな暮らしに繋がります。M&Aは医療を永続的に提供する有効な手段となります

出所一覧
新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況の調査
WAM リサーチレポート「2020年度(令和2年度)医療法人の経営状況
WAM「病院、老健及び医療法人の経営状況等について」
内閣府 経済財政諮問会議「社会保障改革の推進に向けて」
JMARI リサーチレポート「医師養成数増加後の医師数の変化について」
厚生労働省 厚生労働統計一覧
帝国データバンク 全国企業「後継者不在率」動向調査(2021年)
厚生労働省 国家試験合格発表
厚生労働省 医療法人の基礎知識
厚生労働省 種類別医療法人数の年次推移
厚生労働省「DPC制度(DPC/PDPS※)の概要と基本的な考え方」
帝国データバンク「医療機関の休廃業・解散動向調査(2021年)」

【インタビュー】「医業承継」で最先端を行く福島県医師会 石塚尋朗常任理事に聞く

地域医療の崩壊が懸念されている。とりわけ過疎化に悩む地域では人口減少と医師不足で、高齢化に伴う医療ニーズが高まっているにもかかわらず医療機関の閉院が相次いでいるのだ。こうした地域医療の崩壊を防ぐ取り組みとして注目されているのが「医業承継」だ。

その先進事例が、福島県で実施されている「医業承継バンク マッチングナビ」事業。ネットで譲渡を希望する病院と、それを引き継いで開業を目指す医師を引き合わせ、医業承継を実現する取り組みだ。医業承継の最新事情を、同事業の立ち上げから運営に携わっている石塚尋朗福島県医師会常任理事に聞いた。

-医業承継バンクを設立したきっかけを教えて下さい。

2011年3月の東日本大震災とそれに伴う東京電力福島原子力発電所事故の影響で、浜通り(福島県東部の太平洋側沿岸地域)の医療機関が大幅に減少した。それでなくても県内の高齢化や人口減少が進み、10年間で140件もの医療機関が減少している。これでは地域医療が成り立たないと危機感を持った福島県が、県医師会に協力を求めてきた。年間2000万円の予算がつき、医師会として県内での医業承継事業に乗り出したのだ。

-医業承継バンクの設立で苦労はされましたか?

そもそも全国で組織的な医業承継の前例がなく、どうすればいいのか全く分からなかった。承継手続については県医師会と付き合いのある税理士に相談しながら仕組みづくりに取り組んだ。先ずは医業を引き継ぐ開業希望者を募り、それから承継(譲渡)を希望する医療機関を集めることにした。

ところが承継を希望する医療機関が、なかなか集まらない。医師が承継を内密にしたがり、(医業承継の)案件情報提供に消極的だったのだ。「外部には絶対に漏れないでしょうね」と念を押されたこともある。

-県医師会が動くまで、県内で医業承継はなかったのでしょうか?

個々の医療機関と付き合いのある会計事務所や金融機関などを通じて医業承継を実行する事例はあった。しかし地元の狭い範囲でのマッチングに留まっていたため、紹介できる承継候補者が少なく、条件面などで折り合わないケースが多かったようだ。

民間企業でも医業承継を手がけているが、開業後のノウハウや地域との関係づくりといったフォローアップや医業承継して開業した医師の困りごとに対応してくれないなどの不満の声も聞く。地域とのつながりを壊さない医療承継をするには、医師会が関与しないと難しい。

-医業承継バンクでは、どこまで当事者間の交渉に踏み込むのですか?

マッチングサイトを開設しただけではダメ。福島県医師会ではマッチングサイトに応募した登録者との面談でニーズを聞き出したり、承継対象となる医療機関の視察に同行して話し合いが前向きに進むような環境づくりに取り組んでいる。こうしたきめ細かい支援をしないと、医業承継は動かない。

ただ、合意後の金銭的な交渉は当事者同士に任せている。医師会はタッチしない。税理士などに支払う医業承継に伴う手続費用といった実費を除けば、無料で医業承継サービスを提供している。

-医療承継バンクに手応えを感じたのは?

2020年12月に初の成約案件となる福島県川俣町の診療所での医業承継が新聞などで大きく報じられると、問い合わせや申し込みが急増した。県内市町村が医業承継した開業医に対して独自の補助金を新設するなど、行政の支援も充実している。

-医療承継バンクの実績を教えてください。

現時点までの累計で譲受側の開業希望医は59名。うち37名の医師が県内で、残る22名が県外だ。一方で譲渡を希望する医療機関は45施設。医業承継の成立件数は12件で、成立間近な有望案件も数件ある。2022年の医療承継バンク登録者は、開業希望医が21に対して、譲渡希望医療機関が14だった。

登録が多いのは県中18件、県北12件、県南7件の中通り(福島県中部)3エリアで、全県の8割以上を占める。成約件数もこの3エリアが10件と全体の8割以上を占めている。東北新幹線や東北自動車道などの交通インフラが整っていることから、生活環境面で開業希望医のニーズがこの地域に集中しているのだ。

診療科目別では内科が最も多く、次いで外科。そのほかにも耳鼻咽喉科眼科、乳腺外科、心療内科などがある。

-医療承継バンクの課題は?

マッチング希望者、すなわち医療承継バンクの登録件数をいかに増やすかだ。相互の要望をすり合わせるためには選択肢を充実する必要があり、現在の4〜5倍の登録がほしい。そうなるとスムーズなマッチングのためには医師会側も希望者と面接する担当者を増やさなくてはならず、その人件費をどう負担するかが課題になる。

福島県内にこだわらず東北や関東北部で同様の医療承継バンクを立ち上げてもらい、広域で相互融通して医業承継に取り組む必要もあるだろう。すでに複数の県で取り組みが始まっている。

-過疎化や高齢化などに直面する医療危機に、医業承継はどのような解決策を提示できると思いますか?

福島県の医業承継バンクの登録や成約を見ても、交通の便が良い都市部に集中する傾向がある。医業承継だけで医療危機問題を解決することはできない。自治体が競争して開業医や医療機関を呼び込む環境づくりに取り組む必要がある。

福島県内では新設医院に10年間で5000万円の補助を出す自治体もあるが、医療機関での新規雇用や税収、地域医療の充実による人口流出の防止、移住者の誘致といった経済効果を考えれば安いものだと思う。

◎石塚 尋朗(いしづか・じんろう)氏
慶信會石塚醫院院長、日本臨床内科医会学術委員会委員長。1951年仙台市生まれ、1978年東北大学医学部卒。同大消化器内科勤務を経て、1985年に渡米。ワシントン大学(ワシントン州シアトル)とテキサス大学(テキサス州ガルベストン)の医学部で上級研究員として、がんの先端医療研究に取り組む。一時帰国を経て1990年に再渡米し、テキサス大で准教授や客員教授を歴任。実父が福島県小野町で開業した石塚醫院を、1994年に引き継ぐ。2010年に福島県医師会理事、2014年から同常任理事。

聞き手・文:M&A Online 糸永正行編集委員

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