日本のM&A。その潮流を問う-早稲田大学・宮島英昭教授インタビュー(前編)

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早稲田大学商学学術院教授 早稲田大学高等研究所 所長 宮島英昭氏

~M&A暗黒の時代から活性化の時代へ導いたものとは? ~

 日本のM&Aはどのように活性化し、どのような影響をもたらしてきたのか。「日本のM&A:企業統治・組織効率・企業価値へのインパクト」(東洋経済新報社)の編著者で、早稲田大学 商学学術院で現代日本経済論、経済史、企業金融、コーポレート・ガバナンスを専門に教える宮島英昭教授に近年の日本におけるM&Aの潮流について伺った。

グリーンフィールド投資からM&Aへの転換

――近年の日本のM&Aの潮流をどのように捉えていらっしゃいますか。

 1999年が一つの節目だったと考えています。それ以前は、日本で実施されたM&Aの件数は非常に少なかったのです。日本企業の成長戦略の基本は、グリーンフィールド投資でした。つまりゼロからつくり上げることによって成長していこうとする戦略です。

 99年以前にも日本電産<6594>などは既にM&Aを活発に行っていましたし、いくつかの例外はありますが、買収によって成長を目指すという企業戦略は本流ではありませんでした。そうした状況の中で、97年に銀行危機が起こり、98年に日本経済はマイナス成長を記録します。そしてこの頃から、M&Aを促す制度改革が相次いで行われました。97年には独占禁止法改正によって持株会社の設立が解禁され、99年には買収においても株式交換が利用できるようになりました。

 2002年には財務情報の時価会計が導入されるなど、会計基準の変更も順次行われました。それに伴いデューデリジェンスによるフェアバリュー(適正価格)の算定も精度が増すことになります。

 さらに05年頃からは、金融機関ではM&A専門部署が発足、M&A仲介企業も増え、環境整備が進みます。それ以前の本当のところは統合するまでは、十分には分からないままM&Aを進めなければならなかったM&Aの「暗黒時代」とも呼べる状況に比べれば、買う側のリスクはかなり軽減されたと言えるでしょう。

 そして、99年から01年頃には、JFEホールディングス<5411>や、現在の3大メガバンク(三菱UFJフィナンシャル・グループ<8306>、みずほフィナンシャルグループ<8411>、三井住友フィナンシャルグループ<8316>)。その後、小泉政権下の緩慢な成長プロセスの中で、03年頃からは株価が上昇します。この市況を背景に株式交換による買収も多く実施されました。さまざまな問題を引き起こしたライブドアも、自社株のオーバーバリュー(割高)を利用して、自社株式を用いた買収を頻繁に行っていたわけです。

 こうして、06年~07年までは件数は一貫して増加傾向をたどりながら、M&Aの主流は、合併から買収にシフトしていきます。つまり、成長戦略としてM&Aの重要性が高まったとも言えます。
 こうしたM&Aの傾向に変化をもたらしたのが、08年のリーマンショックです。まず、株価が下落し、株式交換によるM&Aが減少します。一方、為替は円の上昇に伴って、海外企業を買収するインアウト(In-out:国内企業による海外企業をターゲットとしたM&A)の件数が増加しました。

 ただし、インアウトが増加したのは、国内市場の成長の可能性が小さくなり、成長の活路を海外へ求めたという側面も強いでしょう。その後の経済環境の区切りとして12年末から始まったアベノミクスがあり、円の為替相場は大幅に下落しましたが、インアウトの案件が目立つという傾向に変化はありませんでした。

資源配分効率と組織効率の向上。「時間を買うM&A」

―― 一連のM&Aは、どのような効果を企業にもたらしましたか。

 統合型のM&Aにおいては、重複事業の回避や間接費用の削減、研究開発部門の共通化を図ることができます。設備の適切な稼働配分や人員の再配置など、資源配分効率の向上も見込めます。99年から、2~3年はこの効果を狙ったM&Aが多く、期待された統合効果をもたらしたと言えます。

 成長ドライバーとしてのM&Aがもたらす効果に「時間を買う」というものがあります。特に海外展開ではゼロから立ち上げるよりも、現地基盤を築いている既存の企業を買収した方がスピ-ディーです。また、通信事業のように、インフラ整備や開発に時間がかかる産業でも既存の企業を買収した方が望ましいでしょう。ソフトバンク<9984>はM&Aを通じて非常に早いスピードで成長することができた企業の象徴的な例です。

 また、高い経営力やマネジメントノウハウを持つ企業が他の企業を買収することによる「組織効率の向上」も大事な効果です。これは提携でも実現できます。例えば、富士重工業<7270>とトヨタ自動車<7203>の提携が好例でしょう。

 こうしたM&Aのポジティブな効果によって、企業は効率的でスピーディーな成長戦略を描ける時代になりました。

――08年以降で、このような効果を実現した事例としてどのようなものがありますか。

 まず、重複設備の整理や技術的なノウハウの相互移転など、同業種間の合併で得られる基本的なシナジーを実現した好例として、12年の新日本製鉄と住友金属の合併が挙げられます。合併してできた新日鉄住金<5401>は世界第2位の鉄鋼メーカーの地位を得ました。海外展開に当たっての人材活用という面でもシナジーが働きますし、供給サイドとの交渉力の面で得られるメリットも享受したと言えるでしょう。

 成長戦略として海外の企業を買収するケースでは、多くの好事例が生まれています。金融機関を中心に動きは活発で、三菱東京UFJ銀行は米国や欧州での展開に続き、13年にはタイのアユタヤ銀行を買収(15年統合)するなどして、アジア地域での業務粗利益の割合を高めています。

 14年に第一生命保険<8750>が米国の中堅生命保険会社のプロテクティブ生命を買収した事例も同様です。国内市場の成長が鈍化するなかで、成長戦略の一環として海外企業を買収するのは合理的だと考えられます。

 M&Aの成功実績が多い日本電産も、08年以降のM&A戦略の軸は海外になっています。12年に米国の空調機器メーカー大手のGoodmanを買収したダイキン工業<6367>も、海外企業の買収によって、成長を一段と加速させました。

 また、食品業界ではサントリー食品インターナショナル<2587>のM&A戦略が成功していると見ています。09年にはフランスの飲料大手オランジーナ・シュウェップス・グループを、13年には英国・製薬大手のグラクソ・スミスクラインの飲料事業を買収、各ブランドを上手にポートフォリオへ組み込み、シナジーを実現しているように見えます。14年に総額160億ドル(当時のレート1ドル103円で換算すると約1兆6500億円)もの巨額で買収した米ビーム社とのシナジー効果は今後、見守りたいところです。

「自信過剰」は失敗のもと?「まったく同じものはない」企業買収の難しさ

――反対に、失敗したと見られているM&Aはありますか。

 意見は分かれるところですが、たとえばサントリーとは対照的にキリンはやや苦戦しているように見えます。ブラジルのビール会社や豪州のチーズ会社などの海外企業を積極的に買収しましたが、投資に見合う効果が得られず減損処理をした例もあり、現時点での評価として成功しているとは言いにくいところです。

「ただ買えばよいというものではない」。これがM&Aの戒めです。オーバーバリューのM&AやPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション:M&A後の統合効果創出のためのプロセス)に失敗したM&Aについては後々、企業の重荷になる可能性が高いからです。

 不動産の購入と似ていて、企業は一つとして同じものはありません。これがM&Aの判断を非常に難しくさせています。「欲しい」という企業トップの一念だけで突き進むと、過度の買収額を設定して、企業価値向上を実現できないM&Aと評価されてしまうかもしれません。

 例えば、米英に目を移すと、M&Aによって被買収企業の株価は基本的には上がるものの、買収する企業の株価は上がるケースと下がるケースがあります。その割合はおよそ半々です。買収の際には20%程度のプレミアムを支払うケースが多いですが、それを支払っても買い手の企業価値を引き上げる、つまりシナジーが働くと評価されれば株価は上昇します。しかし、米英では約半分の企業に対して、ネガティブな反応となってしまいます。

 その理由として研究対象の一つにもなっているのが、経営者のオーバーコンフィデンス(overconfidence:自信過剰)と呼ばれるものです。自社の経営がうまくいっている経営者が、別の企業でも自分が経営すればもっと業績が上がると判断するような状態です。 経営状況というのは事業環境なども影響してきますから、自社の経営がうまくいっていたからといって、それが良好な外部環境に支えられたいとしたら、ほかの企業の経営がうまくいくとは限りません。

 マーケットがM&Aを経営者のオーバーコンフィデンスによって実施されたものと判断すれば、株価は下落します。このような事象はコーポレート・ガバナンスが有効に機能していない場合に起こるようです。米英に比べれば日本では、買収企業かマーケットからネガティブな反応を受けるM&Aは少ないと報告されています。ここから、日本においては無理なM&Aが比較的少ないという評価が導き出せます。無理なM&Aを抑制するには、いずれの国でもコーポレート・ガバナンスなどの仕組みづくりが不可欠だと思います。

※後編「なぜ日本では融合コストが高いのか? 日本特有のM&A事情とは」はこちら https://maonline.jp/articles/miyajima0064

取材・文:M&A Online編集部