電気自動車(EV)で「日本頑張れという応援もいただきたい」。豊田章男日本自動車工業会会長が5日、経団連モビリティ委員会の取材に詰めかけた報道陣にそう訴えた。これまで豊田会長は「敵は炭素、内燃機関ではない」と火力発電を中心とする日本の電源構成や自動車産業の雇用維持などを根拠に、一方的なEVシフトの流れには懐疑的な発言を繰り返していた。一体、何が豊田会長を突き動かしたのか?
豊田会長は「日本の自動車メーカーたちが、このEVの分野でも絶対に世の中から日本製がいいですねと言われるような戦いをしている」と、EVでも日本車に国際競争力があることを強調した。しかし、実績は伴っていない。ハイブリッド車(HV)を含むエンジン(内燃機関)車では世界シェアの約3割を占める日本車だが、EVはわずか1.8%。EVで先行する米中はおろか、その2国を追随する欧州や韓国の自動車メーカーにも追いつけない状況だ。
豊田会長の最大の危機感は、従来の技術にこだわって大変革に乗り遅れる「イノベーションのジレンマ」が見えてきたことだろう。かつて自動車と並ぶ強力な輸出製品だった国産テレビ。日本メーカーは有機ELテレビを世界で初めて発売しながら、当時の主力製品だった液晶やプラズマディスプレーへの依存を改めなかった。
当時の国産家電メーカーのトップは「有機ELは価格が高く、大画面化しにくい上に、生産が難しいため品質も安定しない。画質も高精細化した液晶と変わらない」と主張したが、大画面有機ELの量産に成功した韓国のサムスンやLGにあっという間に追い抜かれた。現在は韓国などから基幹部品の有機ELパネルを調達してテレビ生産を続けている。
EVも三菱自動車<7211>や日産自動車<7201>が世界に先駆けて市販した。豊田会長をはじめとする国産車メーカートップが「EVは価格が高く、量産化しにくい上に、充電ステーションも少ない。二酸化炭素(CO₂)削減効果もHVと変わらない」と主張してきた経緯があり、有機ELと同様の「イノベーションのジレンマ」に近づきつつある。
もちろん日本車メーカーも、EVシフトに向けた準備は着実に進めてきた。トヨタ自動車<7203>は車載電池で世界2位の韓国LGエナジーソリューションとの間で、EV用リチウムイオン電池の供給を受けると発表したばかりだし、日産と三菱は経自動車規格のEVを発売するなど、着実に歩を進めている。
要はそのスピードが遅すぎたということだ。豊田会長は「ここ1〜2年で今後30〜40年の景色が変わる」との見方を示したが、米中がシェア固めのラストスパートに入り、欧州と韓国が先行グループ落ちを免れようと必死の力走をしている中で、ようやく日本がスタートを切ったという状況だ。
「日本は技術力では決して遅れていない」と強調する豊田会長だが、NIKKEI MobilityによるとEVの商品競争力を大きく左右する電費(走行距離あたりの電力消費量)で、車両が軽い日産の軽EV「サクラ」よりもテスラ「モデル3」の方が良好という結果が出ている。生産体制の強化と同時に、先行する海外勢とのEV性能格差をどう縮めるのかといった難問にも挑戦しなくてはならない。
日本車メーカーの最終的な防衛ラインは「国内市場」だ。海外でのEVシフトで完敗しても、国内市場だけで通用する日本人好みのEVを開発して420万台の市場を死守する。基幹部品の車載電池を安価で高品質な海外メーカーから調達すれば、車両価格を抑えることも不可能ではない。幸いにして、国内消費者の「国産品」への信頼性は高い。
国産家電メーカーが有機ELパネルを韓国や中国から輸入して、音響やSNS連携などの付加機能と「国産品」のブランド力を頼りに国内市場で生き残っているのと同じ構図だ。一般消費者が自動車メーカーを「応援」できることと言えば、新車購入ぐらいしかない。
豊田会長が要請した「応援」とは「国産EVを購入してほしい」と考えるのが妥当だ。確かに出遅れた国産EVが生き残るには、最も実現可能性が高い問題解決法だろう。こうした未来を予見した上での「応援」要請だとすれば、自工会会長にふさわしい慧眼*と言うほかない。
文:M&A Online
*豊田自工会会長が「頑張れ日本と応援して!」と訴えた切実な理由 を改題しました。
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