「絶対にそうはさせない!」。衆院選投開票日前日の10月30日、トヨタ自動車<7203>の豊田章男社長は語気を強め、政府・自民党を激しく牽制した。この日に開かれた静岡県湖西市が主催するトヨタグループの創業者・豊田佐吉翁の顕彰祭でのことだ。
出席した佐吉翁の曾(ひ)孫に当たる豊田社長は、温室効果ガス排出ゼロを目指す「カーボンニュートラル」政策を批判した。「道筋を誤れば積み重ねてきたモノづくりの強みや、それを担ってきた人材を失いかねない」と強い懸念を表明し、「日本のモノづくりと自動車産業を守り抜く」と決意を語った。
政府や自民党を名指しこそしなかったものの、カーボンニュートラル政策の柱の一つで、菅義偉前首相が公表した2030年の「ガソリン車販売禁止」を念頭に置いたのは明らかだ。顕彰祭は佐吉翁の命日に開催しており、偶然ではあるが、自民党の苦戦が伝えられる衆院選前日の発言だけに「カーボンニュートラルでは絶対に譲らない」と圧力をかけたも同然と言えそうだ。
カーボンニュートラルを積極的に進めた菅前首相や小泉進次郎前環境相、それに政府のガソリン車販売禁止政策を批判した豊田社長の発言に「戦略が誤ったものにならないように(国産車メーカー)各社に努力していただきたい」と反論した河野太郎前行政改革担当大臣らは、世界初の量産EV「リーフ」を送り出した日産自動車<7201>が本拠を置く神奈川県選出の政治家。そのため「トヨタに遠慮せず電気自動車(EV)シフトを推進できたのではないか」とも囁かれた。
一方、岸田文雄首相の地盤は、EVシフトが遅れているマツダ<7261>が本拠を置く広島県だ。とはいえ、岸田首相は衆院選当日に開幕する国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に出席する。そこまでして会議に参加する岸田首相が、日本のカーボンニュートラル政策を大幅に後退させるとは考えにくい。
COP26議長国の英国は各国に石炭火力発電の全廃を強く求めているが、日本政府としては電力を安定供給するためには難しいとして抵抗する見通し。その「身代わり」として「ガソリン車販売禁止」をアピールするのは確実で、豊田社長にとっては菅前政権同様に不満がたまりそうだ。
とはいえ、豊田社長がカーボンニュートラル政策にあからさまな批判を続けた場合は、トヨタが環境保護団体からの批判のみならず、政府から手痛いしっぺ返しを食らいかねない。おりしもトヨタ系販売会社で不正車検が相次いで露見し、10月20日には国土交通省から7店舗で行政処分、4店舗で文書警告や口頭注意を受けたばかり。
さらに日本製鉄<5401>に同社の特許権を侵害した中国・宝山鋼鉄から無方向性電磁鋼板を調達したとして訴えられている。中国の知的所有権侵害は先進国共通の大問題となっている上に、政府・自民党が最優先政策の一つと位置づける「経済安全保障」のメーンターゲットだ。
こうした問題でトヨタが政府からやり玉にあげられる可能性もある。豊田社長は経団連をはじめとする財界活動には積極的に参加しておらず、政界とのパイプもそれほど太くない。思わぬ誤解や「ボタンの掛け違い」で豊田社長と政府・自民党との対立が先鋭化すれば、トヨタに大きな負担と禍根を残すだろう。
ここは腹をくくり政府・自民党に徹底抗戦していくのか、それとも「宥和策」でEVシフトを容認しつつ「ガソリン車販売禁止」先送りのための時間稼ぎをするのかを早急に決断する必要がある。ただ、EVシフトは世界的な流れだ。政府に容認する姿勢を見せれば、そう長い時間稼ぎはできないだろう。
文:M&A Online編集部
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