コーポレートガバナンスを考える CGSガイドラインの改訂と取締役会の実効性(下)

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取締役会の実効性を支えるカンパニーセクレタリー制度

コーポレート・ガバナンス・システムを議論する経済産業省のCGS研究会の座長である学習院大学の神田秀樹教授が「日本としては珍しくアメリカではなく、ヨーロッパ、特にイギリスを参考に、ボードとエンゲージメントの2つの焦点を当てたことは特徴的」と述べているように、日本のコーポレートガバナンス・コードは英国の制度を参考にしている。

その英国では、取締役会の実効性を支える制度として、カンパニーセクレタリー(Company Secretary)制度がある。

カンパニーセクレタリーは文字通り「会社秘書」というべき存在であったものの、1856年の会社法で会社役員として認識され、1948年の会社法でその選任が義務付けられ、1980年の会社法で上場企業のカンパニーセクレタリーに対して専門職資格の保有や職務経験などの資格要件が課されるようになった。

そして、2018年のコーポレートガバナンス・コードとそのガイダンスでコーポレートガバナンス全般に関する責任者として担うべき具体的な役割が明記され、現在ではコーポレートガバナンスに関するプロフェッショナルとして、コーポレートガバナンスの統括責任者たる地位を有るするに至っている。

具体的には、コーポレートガバナンスに関するすべての事項に関する取締役への助言、議長の支援、取締役会と委員会が効果的に機能することの確保、新任取締役の支援、取締役会のトレーニングのアレンジ、取締役の知識や能力を高めるための必要な資源の提供など、取締役会の実効性確保に向けた様々な役割を担っている。そして、彼らには職責に見合った報酬が支払われている。

日本のコーポレートガバナンス・コードでは、「原則4-12(取締役会における審議の活性化)」、「原則4-13(情報入手と支援体制)」などがカンパニーセクレタリーの発想を引き継いでいると考えられるが、直接の言及は無い。これは、日本の取締役会は英国と異なり、監督機能に特化させるモニタリングボードではなく、また、日本企業の管理部門も「縦割り」で、以下のように対応部署も多岐にわたるため、時期尚早と考えたからかもしれない。

<カンパニーセクレタリーの主要業務(日本企業の所管部門との相関)>

出所:経済産業省CGS研究会(第1期)「第5回寺下委員説明資料」(2016年10月20日)4頁

取締役会の実効性が求められる背景

このようにCGS研究会では、取締役会をいかに実効性のあるものとするかが議論されてきた。しかしなぜ今、取締役会の実効性なのか。

この背景には、日本の会社法は、「株主」が直接経営陣を選び、業務執行事項まで含めて何でも口を出せる「直接民主制」になっているところ、これを米国の会社法のように、株主が持っているのはあくまで取締役会の構成員の選解任権で、経営は「取締役会」の監督のもと経営陣が行う「間接民主制」にするためには、取締役会の実効性を向上させなければならないという政策論が垣間みえる。

CGS研究会のメンバーである武井一浩弁護士は「2015年から始まったガバナンスコードの最大の意義は、『ボード(取締役会)の見える化』であり、ボードが育たないと、間接民主制といったとしても、それを受け入れる素地が生まれない」「ボードの実効性はその意味でも大変重要」と述べている。

権限分配論

なぜこのような政策論が出るのか。

これは、権限分配論、すなわち、会社が行う様々な意思決定事項について、「株主」が決めるのか、あるいは「取締役会」を始めとする執行機関が決めるのかを整理するという議論があるが、これまでは、株主の権利が強いといっても、株式の持合いのように、株主の権利を弱めるようなバランスがとられていたため、議論をする必要がなかった。

しかし、コーポレートガバナンス・コードでは、「上場会社が政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべきである」とされたため(原則1-4)、持合株式を売却せざるを得ず、株主の権利が強いことが顕在化してきた。経済界が「株主の法律的立場が欧米諸国に比べ強いというアンバランスさが改善されないまま、開示だけが欧米諸国並みに要求され、企業が丸裸にされる」という感想をもつのはやむを得ない。

もっとも、銀行等の金融機関は持合株式を削減しているものの、事業会社は持合株式を維持しており(「M&A法制を考える M&A市場発展への3つのハードル」参照)、近年はToSTNeT(Tokyo Stock Exchange Trading NeTwork System)取引(立会時間外に行う取引)で取得した自己株式を取引関係がある会社に売却するケースも見受けられ、取締役会の行動が問題になっている。

また、「間接民主制」といわれる米国でも、個別の意思決定事項を巡っては、論争が絶えない。例えば、日本でも話題となっている敵対的買収対抗措置の意思決定(敵対的買収を受け入れる株主をターゲットになる取締役会がどの程度まで阻止することが許されるか)については、取締役会の行動が問題になっており、取締役会の裁量に最小限の制限を課すことが提唱されている。

一方、欧州では、株主の行動が問題になっているため、米国で用いられている買収防衛策を明示的に許容すべきことが提唱されている(「アクティビストを考える(下) アクティビスト株主によるCreeping Acquisitionと買収法制」参照)。日本でも、株主の行動が問題になっており、個別のケースで解釈している(「M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(下)」参照)。

このように、権限の分配は、欧米諸国との比較だけではなく、外部システムと内部システムのバランスが重要といえるため、答えが簡単に出るものではない(「コーポレートガバナンスを考える イーロン・マスクによるTwitter買収にみるM&Aの役割」参照)。

投資のパッシブ化と「取締役会の見える化」

CGS研究会では、海外におけるコーポレートガバナンスと企業のパフォーマンスの関係性に関する実証研究が紹介され、以下のように、ガバナンス改革が企業パフォーマンスに対してポジティブな関係にあることを示しているケースも多い。

<海外における近年の実証研究のまとめ>

出所:経済産業省CGS研究会(第3期)「第2回事務局説明資料」(2021年12月27日)23頁

すなわち、ガバナンス自体は「手段」であって、目的ではなく、「目的」は企業が投資家の期待を上回るリターンを上げることによって価値を創造し、それが株価に反映され、資金調達やM&Aをはじめとする投資が容易になり、資本市場のみならず、プロダクト市場が活性化することである。

たしかに日本は、コーポレートガバナンス改革によって、機関投資家による保有が増加したが、その投資家は以下のように、個社の深い分析を行うことが必ずしも容易でないパッシブ投資家(市場の指数やポートフォリオに追従する投資家)に偏っており、中長期的な企業価値向上に関心があるアクティブ投資家(市場の指数を上回ることを目標に投資を行い、ポートフォリオを管理する投資家)が不足している。

<伊藤レポート公表後の資本市場の現状認識~パッシブ運用の拡大の継続~>

出所:経済産業省「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会中間取りまとめ」(2020年8月28日)28-29頁

したがって、投資家は取締役会による価値創造の戦略をどの程度理解しているかは定かではない。そこでパッシブ大手3社がほとんどの時価総額の大きな上場企業のトップ3の株主になっている米国では、インデックス・ファンドのポートフォリオ価値最大化と個別の投資先企業の株主利益最大化が対立する場合をどのように考えるべきかという問題があるため、インデックス・ファンドの議決権行使禁止を提案する見解やパス・スルーを提案する(投資先企業の株式の議決権行使の意思決定をインデックス・ファンドの投資家の意見によって決める)見解もある。

しかし、たとえそのような状況であったとしても、「この取締役の戦略に任せても大丈夫」と期待させる「取締役会の実効性」やその「見える化」が喫緊の課題であることは論を俟たないように思われる。

<参考文献>

・飯田秀総(2022)「コーポレートガバナンスにおける機関投資家の役割と会社法・金融商品取引法の課題」民商法雑誌158巻3号78-101頁、同158巻4号38-63頁
・加藤貴仁=児玉康平=三瓶裕喜=武井一浩=神田秀樹(2022)「(座談会)コーポレートガバナンス改革と上場会社法制のグランドデザイン(Ⅰ)(Ⅳ)」商事法務2294号6-20頁・2300号46-55頁
・久保田真悟(2022)「英国カンパニーセクレタリー制度とわが国への示唆〜コーポレートガバナンス対応部門の強化に向けて〜」国際商事法務50巻8号1001-1007頁
・武井一浩(2022)『新しい資本主義と上場会社法制上の諸論点』証券レビュー62巻7号35-64頁
・Franks, Julian et al. (2018) Stock Repurchases and Corporate Control: Evidence from Japan, RIETI Discussion Paper Series 18-E-074, Octorber 2018.
・FRC (2018) Guidance on Board Effectiveness.
・Gilson, R.J. and A. Schwartz (2021) An efficiency analysis of defensive tactics, 11 HARV. BUS. L. REV. 1, pp. 1-54.

文:吉村一男