電気自動車(EV)の「対抗馬」、水素自動車が普及しない理由

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電気自動車(EV)の「対抗馬」と目される水素自動車。しかし、その歩みは遅々として進まない。なぜ水素自動車は普及しないのか?その理由が、ある「出来事」で明らかになった。京都府亀岡市の市長公用車として購入した水素燃料電池車(FCV)が、とんだ「足どめ」を食ったのだ。

水素ステーション「過疎地」が問題に

同市を含む丹波地域には水素ステーションがなく、最寄りとなる京都市のステーションは18kmほど離れている。往復で約1時間20分もかかるという。

購入当初は水素ステーションがある京都や大阪方面への出張時に水素を充填していた。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大で市長の出張が激減。2021年9月から2022年10月にかけて50回ほど充填したが、そのうち35回は充填のためだけに走行したという。

これに「燃料充填が難しい」との理由からFCV導入に反対していた市議会は、「人件費と職員の時間の無駄づかい」と反発している。まさにこれこそが水素自動車の抱える致命的な欠陥なのだ。

「FCVがダメなら水素エンジン車があるさ」とは言えない

水素自動車にはFCVの他に水素エンジン車が存在する。FCVは燃料の水素と空気中の酸素を結合させて(水の電気分解と逆の化学反応)発電するのに対して、水素エンジン車はエンジン内で水素を爆発燃焼させて駆動する。燃料がガソリンから水素へ変わっただけだ。

現在のガソリンエンジンを改良すれば済むので、FCVよりも車両生産コストが低く抑えられるのが強み。トヨタ自動車<7203>はFCV「MIRAI」を発売しているが、水素エンジンもレース車両で実証実験に取り組む。2022年9月には30人規模の専門チームを立ち上げるなど、実用化に向けた開発体制を強化している。

だが、水素エンジン車の「命運」もFCVと同じ。燃料を充填する水素ステーションがないことには、文字通り「手も足も出ない」のだ。世界最大の自動車メーカーであるトヨタとはいえ、水素ステーションのようなインフラ整備までは手が回らない。

水素ステーションの普及が進まない最大の理由はコスト。資源エネルギー庁によると、2019年時点で水素ステーションの投資コストは土地代を除いて約4億5000万円。国はコストダウンの旗を振り2025年に約2億円を目指すが、通常7000万〜8000万円で済むガソリンスタンドに比べると、はるかに高い。

水素ステーションと同じく充電ステーションの少なさが指摘されるEVは家庭でも充電できるが、水素自動車は家庭で燃料を充填できない。燃料インフラで見れば、水素自動車はEVよりも「普及のハードル」が高いのだ。

おまけに水素価格が1キログラム当たり約1200円と高いため、1キロメートル当たりの燃料コストはFCVで約8.8円。EV(1KWh=22.97円の場合)の4.3円やハイブリッド車(1リットル=164円の場合)の5.4円に比べると、割高なのもネックになる。

商用車に生き残りを賭ける水素自動車

57.9%の世界シェアを握るFCV最大手の韓国・現代自動車は、FCVをバス・トラックなどの商用車に特化する方針を固めた。同社は2022年12月に世界初のFCVトラック「エクシエント」を発売している。なぜ商用車ならば、水素自動車に「商機」があるのか?

それはバス・トラックが自社のターミナルを起点・終点として移動するからだ。水素ステーションが普及しなくても、自社ターミナルに自前の水素貯蔵タンクと充填設備を設置すれば運用が可能になる。トヨタも同7月にいすゞ自動車<7202>や日野自動車<7205>、デンソー<6902>などと大型商用車向け水素エンジンの企画・基礎研究を始めたと発表した。

しかし、商用車にも「EVシフト」の波が押し寄せている。独ダイムラー・トラックは同9月に、3個で合計600kWh以上のリン酸鉄リチウム電池(LFP)バッテリパックを搭載し、1回の充電で約500kmの走行が可能な試作車「eActros LongHaul」を発表した。

1回の充電で約500kmの走行が可能な試作車「eActros LongHaul」
1回の充電で約500kmの走行が可能な試作車「eActros LongHaul」(ダイムラー・トラックホームページより)

LFPは長寿命・大容量の電池で、約1メガワット出力の急速充電設備と接続すれば30分以内に最大80%まで充電できるという。水素トラックの強力なライバルになるだろう。水素自動車の「商用車シフト」も決して楽観できない。

少なくとも自動車メーカーは、乗用車の「脱水素化」に踏み出している。乗用車においては、水素自動車がEVを蹴落として主流となる可能性はなくなったと言えそうだ。

文:M&A Online編集部

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